古東哲明『ハイデガー=存在神秘の哲学』もう、何度目かの読了。
ゲシュテルにイエスとも、ノーとも言わず、目覚め続けて、見つめ続ければ、エルアイクニス、存在の襲撃に打たれ、ほんとうの再起がおこる。
ゲシュテルとは、ニヒリズムの延長にある近代科学技術の本質。
ハイデガーは単なる技術文明批判をしたわけではない、そうだ。
もともとは技術は芸術の兄弟。石くれから見事に彫像を彫りだす、露開の術だった。
しかし、近代化した科学技術は、すべてを用象化した相でしかものをみない。
というところを読むと、荘子だったか、老子だったか、無用の用の話を思い出す。
とんでもなく曲がりくねって生える木があって、大工が木材に使おうと思っても、まったく役に立たない。だから、却ってその木は天命を全うできてしまう、という話だ。
科学なんて当然のように、役立つか、役立たないか、の尺度でしか評価されなくなっているけど、それでは科学の真の面白さには到達できないんじゃないかな。
しかし、無用に生きられるか?
糞ですら肥料として役立つのに?
まったくの無用に生きられるか?
ゲシュテルにイエスとも、ノーとも言わず、目覚め続けて、見つめ続ければ、エルアイクニス、存在の襲撃に打たれ、ほんとうの再起がおこる。
ゲシュテルとは、ニヒリズムの延長にある近代科学技術の本質。
ハイデガーは単なる技術文明批判をしたわけではない、そうだ。
もともとは技術は芸術の兄弟。石くれから見事に彫像を彫りだす、露開の術だった。
しかし、近代化した科学技術は、すべてを用象化した相でしかものをみない。
というところを読むと、荘子だったか、老子だったか、無用の用の話を思い出す。
とんでもなく曲がりくねって生える木があって、大工が木材に使おうと思っても、まったく役に立たない。だから、却ってその木は天命を全うできてしまう、という話だ。
科学なんて当然のように、役立つか、役立たないか、の尺度でしか評価されなくなっているけど、それでは科学の真の面白さには到達できないんじゃないかな。
しかし、無用に生きられるか?
糞ですら肥料として役立つのに?
まったくの無用に生きられるか?