行政書士道40年 続編 | 行政書士道 40年

行政書士道40年 続編



そのような中、ITが急速に進展した。都庁は、基本的にITに対応するために  OAの庁舎(巣窟)として、丸の内から西新宿へ動いていった。しかし、建物や設備のOA化は素晴らしいが、従事者は得てして、移転当時OA化の導入に反応は鈍かった。一例として、財表をコンピューターで作成することは反対であり、それもコンピューターの用紙と定められた用紙とが横書きと縦書きであるという違いや、センチとインチの違いにより受付することが難しいと保留状態が続いたこと等である。このように書類ひとつとっても、ITに対応するための時代の流れを受け止められず、旧来が正しいという考えだった。今から考えると昔日の感がある。

それから幾ばくかして電子申請の部分が増えた。対面審査もあるが、今後どうなるか興味深く、また当然にこれからビジネスがどう変わってゆくのか。今からみると、おおごと(大事)ではないかもしれないが、当時は革命と認識した。したがって、電子申請が導入されると知るや、ロータリー等の直接業務のないものは、すぐすべてやめた。こうしてどうなっていくのか、自分なりの姿勢であった。事務所としては、オータシステムというオリジナルの一括ソフトを作り、財表から顧客管理そして電子化による書類、電子申請へと半歩早く情報を入手、仮説の条件をもとに学習し修正していった。新しい業務を積極的に取り入れた。かつての創業時、間もなくコンピューターを入れる時、事務所にも異論が続出したが、都庁ではyes, but also…から今の状態まで、ある意味では信じられない猛スピードであった。

以上、デッサン風に書き走った。アンシャンレジーム(Ancien régimeという言葉が使われることがあるが、まさに旧制度のそのままの感じであった。これも時代の変化に対応する近代化への一里塚と思われる。