『世界でいちばん透きとおった物語』は2022年に新潮文庫のために書き下ろされたミステリである。なぜ、単行本にならずに文庫になったのかは、最後まで読むとわかる人にはわかるが、わからない人にはわからない。
2種類の大きさの本にはならないわけだ。
主人公の藤阪燈真の母は作家の宮内彰吾の愛人だった。ただし、生まれた頃から一度も作家に会ったことはないし、彰吾が成人してから間もなく母も交通事故で亡くなってしまう。
そして、ある日、宮内彰吾が病死することになり、関係者がさまざまな理由で奔走を始める。なにしろ、そこそこのミステリ作家であり、愛人も次々に替えていたりするが、本妻の息子は品性に欠けるし、編集者たちは最後の600枚の原稿を探し始める。
読後、整理していて気付いたが、誰一人、彼の死を心から悲しんだりしないわけだ。心からどころか、本作には「深い悲しみ」は皆無。
そして、原稿探しはバイト生活の燈真が担当することになり、愛人たちをはじめ関係者一同の間の情報を集めて、徐々にゴールに近づいていくわけだ。
そして、最後の600枚の原稿は愛人の一人が読んだだけで、私小説風の内容の公開を怖れた人の手できれいさっぱり消えてしまったわけだ。
藤阪燈真は子供の頃に脳の高度治療を受けていて、そのために視力が常人とは異なっていて、画像や一枚のペーパーや電子書籍は読めるが、本が読めない。裏表印刷された紙は視力が良すぎて紙の裏の文字と表の文字が同時に見えて表ページの空白の部分にも裏ページの文字がはっきり見えて混濁してしまうわけだ。
そして、主人公は、これらの顛末記を『世界でいちばん透きとおった物語』として発表するのだが、自分で読みやすいように文庫本の奇数ページの裏の偶数ページには表面の文字の裏に必ず文字を配置して、白地のところの裏は必ず白地になるように組んであるわけだ。どういう作業をしたのか、見当がつかない。