都内各所にあるサッポロビール直営のレストランライオン。そのうちの一店に入ってビールを飲みながら昼食と思って、ビール(小)と、ソーセージをタブレットから注文。

 

 

小というのが、ずいぶん奇妙な形のグラスになっていた。上が大きいが下が細い。上半身だけウェートトレーニングしたみたいな形で奇妙だ。売り上げを上げるための愚策のような気がする。

 

 

たぶん逆効果。食事を頼む前に、ビールがなくなってしまう。ビールの量が多いほどレストランの料理の注文も増えると思われるのに・・・

モノクロ映画で音声が聞き取れないこともあるが字幕を読むので問題はない。

1588年に起こった英国とスペインの戦争の中のハイライトであるアルマダの海戦の前後の両国の動きがテーマ。当時は英国も市民革命以前なので、すべてがイングランド国王のエリザベス一世とスペイン帝国のフェリペ2世の対決構造になるのだが、両国とも宮廷の中にスパイを送り込んでいる。

海戦のシーンよりもこのスパイを探すところが一つの山となっている。スペイン側は英国のスパイを火炙りにしているが、英国は自国内のスパイを殺さずに戦場に向かわせている。どちらもどちらだが。

主演はローレンス・オリヴィエ。助演はヴィヴィアン・リー。特にヴィヴィアン・リーはいわゆる出世作で、2年後には「風と共に去りぬ」で歴史的スターとなる。演技的には、スペインにスパイとして潜入しようとして失敗し、決死の脱走をしたオリヴィエが熱演し、エリザベス一世を演じたフローラ・ロブソンが老獪な演技を行ったのが、上手すぎて浮いているような感じだ。彼女はほかの映画でもエリザベス1世を演じている。

戦争映画は時代を問わなければ、いくつも見ているが、なぜ戦争が起きたのかがはっきりしないことも多い。

浅草に住む久蔵は、幇間をしているのだが、酒の上のしくじりが多く、どこにつとめてもクビになる。ある時、深川八幡の富くじ(注:幕府公認)をなけなしの一文で買う。記号と番号は、松の110番を選ぶ。一番富なら一千両、二番富なら五百両(注:ただし2割を天引きされる)。なんとなく当たった気持ちになり、富くじを神棚に隠し、またしても大酒で寝込んでしまう。

 

そうすると、夜中に遠くから鐘がきこえてくる。クビになったばかりの店がある芝の方向。急いで駆けつければ再雇用可能かもと駆けつけると、店は無事で主は久蔵の行為に喜び、再雇用を約束。しかし、またしても祝い酒を飲みすぎたところで、自宅のある浅草方面で次の火事。あわてて駆け戻ると住んでいた長屋がまる焼け。

 

雇われた芝に住み込むことにしたが、数日後、冨岡八幡の境内を通ると、富くじの抽選日だった。何気なく聞いていると、当たりは松の110番というではないか。

そこで、富くじが火事で焼けたと言い張るのだが、通るわけもない。

 

人生最大のガッカリだろう。

 

泣きながら歩いていると、長屋の隣人から、「久蔵さんが留守だったので荷物を運び出そうとしても無理で、神棚だけしか出せなかった」と、大悲報のはずが大朗報となる。

 

作者は初代圓朝といわれるが、落語の神様に意見を言うのもなんだが、この後に、

「焼けたと言ったのに出てきたというは、千両をだましとろうとするいつわりではないか。十両盗めば死罪とするのが国の定めである。その百倍の罪となれば、火炙りとする他はない」と奉行所の御白洲の上に座らされ、大岡越前が登場し、「無実とは言い切れないが有罪とも言い切れない。千両については、久蔵と冨岡八幡、そして越前の三人で分配することを申しつける」と捻りを入れてみたい。

大垣市(岐阜県)のスタンドで灯油の地下タンクにガソリンが混入し、購入者がファンヒーターで使用したところ、一気に燃え上がり住宅が炎上した。表現は悪いがガソリン火事で人的損失がなかったことは運がいいということだろう。

いわゆるコンタミ(コンタミネーションの略)事故の中でも1,2を争う危険事故。
石油製品はガソリンでも灯油でも軽油でも重油でも、さまざまな炭化水素の液体の混合物で、規格はJIS及び業界内で決めたJISより厳しいスペックで作られる。特に危険なのは引火点で灯油の場合は40度以上で引火するが、ガソリンは-40度で引火する。ガソリンと灯油が混じると二つの平均値の0度が引火点になるのではなく、少量でもガソリンが混じっていれば-40度に近い温度で引火する。

では、どこでどのように混じったかだが、既に当事者は判っていると思うが出荷地で間違えたかスタンドで地下タンクに流し込むときに間違えたのか。そもそもキグナス石油から仕入れていたのか、別の業者から仕入れていたのかはわからない。通常ルートだったら四日市の製油所からローリーが来たのだろうから。積み込み時の問題はない。ローリーからスタンドの地下タンクに降ろす時が怪しいが、各メディアから出てくる画像は、的外れの場所ばかりで、肝心のところがない。

一つ奇妙なのは、1月29日から2月13日の間の販売で混入品を販売したとなっていて、1月31日の月末に、タンク毎の在庫量を調べて受払表をつくるはずだが、その時に合わなくなるはずだ。荷下ろし中にミスに気が付いた関係者が帳尻合わせに別のタンクに余った油を混ぜたのではないかと心配になる。

灯油のポリタンクは白色の方がいいわけだ。

昨日のブログで、千葉市にある県立図書館、県立美術館さらに県立文化センターという公共施設の設計を行ったのは大髙正人氏という設計家と書いたが、彼の経歴をみると、1944年9月に東京帝国大学第二工学部に入学となっている。

 

この第二工学部というのは、1942年にできたばかりの学部だった。簡単に言うと通常の工学部(第一工学部)とは別に、戦争用の航空機や戦艦とか各種武器の研究をする目的に作られた学部だった。講師は普通の教授陣に加え、例えば中島飛行機(元SUBARU)の糸川英雄氏(陸軍機の隼で有名)など軍需産業の研究者など。

 

とはいえ、1942年と言えば、既に真珠湾の後。目的から言えば遅すぎるわけだ。しかも、帝大生とはいえ、車の運転さえできない青年に、いきなり飛行機が空を飛ぶ原理を教えて飛行機の設計ができるわけはない。

 

実は、父親がその学部に入っていたので直接、話を聞いたり、没後に卒業生の書いた文章を読んでわかったのは、「入学試験の成績で上から奇数番が本郷の第一工学部、偶数番が千葉の第二工学部」というように分けられたそうだ。

 

実際には、父は航空機の理論だけを教わって、その後、千葉市の海岸で綱に結わえたグライダーを仲間たちと一緒に人力で引っ張って飛ばすようなことをしていたそうだ。航空機製造会社の方でも試作機用のガソリンも手に入りにくかった状況だったそうで、エンジンもなければガソリンもないのが実際だったのだろう

 

当時、大学生は、私立大学生、国立文科系、国立理工系の順に徴兵に取られていったのだが、第二工学部の学生は卒業後に軍事産業へ就職することを条件に徴兵免除になったそうだ。徴兵されると本籍地ごとに所属が決まることになっていて、父親はビルマ戦線に行くことになり、生存率は高かったのだが、終戦の一週間前に無謀な渡河作戦が決行され、半数以上が亡くなっている。

 

戦争が終われば、第二工学部の意味はなくなり、学生たちは食料難もあり実家に帰ったりそれぞれの道を進み始めたのだが、大学自体は残っていたが、学部は解散し、組織としては生産技術研究所の母体となる。

 

 

1949年には、在学中に中途半端なままになった元学生たちには、事実上の在籍期間とは関係なく、また退学届けを出していたものも含め一斉に卒業証書が発行されたそうだ。証書を見ると、入学したのは東京帝国大学で卒業したのが東京大学。卒業後の就職先の内定も、もちろん白紙となる。

 

後年、父が入所したホームには同じ階に同じ年齢の男性が入っていて、職員の方の話では、今でも戦場で部下を亡くしたことを悔やんでいると聞いて、なるべく近寄らないように気を付けていると言っていた。

昨年末、千葉市に行った時、出身高校の近くにあった千葉県立中央図書館が、一部ファンに人気があると聞いていたので、近くに行ってみた。まさに何十年か前からのたたずまいだが、窓枠や外壁の老朽感が年月を感じさせる。





 

映画やドラマのロケにもつかわれることがあると読んだことがあるが、当時の再現映像を撮影するときに便利なようだ。病院、学校、事務所とか幽霊系とか。

開館していたのだが、入り口が暗いので(暗すぎるので)入るのをやめた。

この文章を書くのに調べたところ、完成は1968年。58年前だ。それ以上に古く感じる。3年後に別の場所に新築されるそうだ。ガラスが多いので耐震補強が難しいようだ。

この古い建物だが、設計は大髙正人氏。丹下健三氏の弟子ということで、一般にメタボリズム様式というらしい。メタボというのはデブのことではなく、新陳代謝という意味だそうで、1960年代から70年代の頃の考え方で、これから発展を遂げる都市という構造が変化をしていくときに、柔軟に対応できることを目指していたそうだ。

大髙正人氏は。この千葉の県立中央図書館を設計した6年後に完成した千葉県立美術館も設計している。カラーは同じく茶系。図書館はガラス面積が多いが、美術館の外観はレンガ風にみえる。17年前に行ったことがある。実は県立美術館も52年間も概ねそのままで、耐震補強はほどこされているし、昨年は国の登録有形文化財に登録されてしまった。

つまりメタボリズムの本質である、「時代とともに変化する」ではなく「時代を超えて変わらない」存在になってしまった。図書館は物理的に存続できず、美術館は永続ということになる。

皮肉なことになったのは、千葉市が成長や発展を止めていたからだろう(千葉県だけじゃないだろうけど)。

ところで、大髙氏の経歴を読んでいて、どうしても書きたくなったことがあるので、稿を改めることにする。

PCを代替わりする時に整理すべきだが、そのままお気に入りファイルをコピペしていたので、整理を始めたのだが、特に将棋関係のファイルは8割方存在していなかった。理由はいろいろだろう。引っ越しを余儀なくされた方もいるだろう。弊ブログもそうだ。今は、amebaがメインでlivedoorがサブになっている。

 

今週の問題。9手詰。易しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

 

 

ご意見、ご感想はコメント欄にお願いします。

2月3日の節分の日の朝日新聞夕刊には、豆まきではなく人気のパン屋さんが紹介されていた。神奈川県相模原市の相模原駅のそばのUTOPIE du Pain:ユトピーデュパン。日本語だとパンの「理想郷」。

 

パン屋さんは個人経営がほとんどで、原材料費の値上げ以外にも、労働時間が長いための人手不足とかで、店が減っているような気がするが、その中でも自家製酵母で多種多様なパンで人気の店だそうだ。横浜線の相模原駅から線路沿いに北上して徒歩5分。

 

マーケティングでいう立地としては、かなりまずい場所で、目の前の線路で商圏は裏側だけで、さらに線路の向こうは米軍基地。

 

ところが大人気らしい。要は日本のパン屋ではなく、パリのパン屋をモデルにしているわけだ。

 

店名のユトピーデュパンだが、修行中のパリで、二つの有名店「ユトピー」と「デユパン」の名をつなげたそうだ。銀座で有名な「に志かわ」と「木村屋」つなげて「木村西川」みたいなものかな。

 

 

そして人気の「めんたいフランス」。フランスパンの中に、明太子とレモンがはさまれている。

 

食べていて気が付いたのだが、フランスパンなので硬い。あごが弱いことに気付いた。そうフランスパンは苦手なのだ。さらにスペインのパンも硬い。ドイツのパンも硬い。

火星についての本を読んだ。電子書籍で、少し残念なのは2018年の原書。少し古い。火星の大接近があった頃だ。

 

 

しかし、単に探査船によって明らかになった地球上とは異なる絶景を楽しもうという主旨の本でもない。来るべき日に備えて、火星に移住できないかという話が潜んでいる。

 

というのも、我々地球人も、いくら核戦争をしなくても、太陽の状態の変化で地球に住めなくなると考えられている。

 

まず太陽の寿命だが、今は46億歳といわれている。地球や他の惑星もほぼ同年齢。地球上に生命と言われる微生物が現れたのは40億年前。海底の温泉のような場所に潜んでいたそうだ。途中絶滅の危機を乗り越え、5億年前にやっと昆虫になり6600万年頃が恐竜の世界。700万年前に人類が登場し、今やAIを手に入れ人型ロボットを作り出し、ロボットの手下になろうとしている。

 

一方、太陽は核融合反応で水素をヘリウムに変換してその時の熱で巨大エネルギーシステムを回している。そのヘリウムが太陽の中心部に蓄積され太陽が巨大化していて、1億年で1%の割りで光の強さが増して、5億年~10億年で地球は干上がると言われている。生物は40億年間でここまで来たのに、あと5億年で終わりとはひどい話だ。

 

となると逃げだすしかないと思うのだが、当面、火星しか見当たらないのだが、居住性はどうなのだろう。

 

まず星のサイズ。直径は地球の約半分。ということは、体積は約1/8。密度も少し軽い。ただ、表面積だと地球の1/4。気温は、平均は-63度。暑い場所で30度。寒い場所は-140度。自転周期は地球とほぼ同じで1日。公転周期は2年弱。これは我慢できる。

 

最近の調査では、水は地底にはかなりあるらしいが、大気が大問題。地球上は窒素80%、酸素20%というところだが、火星の大気は非常に薄くさらに95%が二酸化炭素で次は窒素の3%。つまり生物が移住するまでに二酸化炭素を炭素と酸素に分離しなければならない。

 

食べ物もないし。今から野菜のタネとか火星にバラまかないといけないだろう。それに先に書いたようにかなり居住できる面積は小さく、住める人間は一億人ぐらいだろう。ちょうど、日本の人口ぐらいだ。ただ、重力が地球の4割程度なので、人間の身長や体重を今の半分くらいまでミニマム化すればもう少し移住者を多くできるかもしれない。

 

なお、太陽が最終的に燃え尽きまではあと50億年先で、それまでには何らかの人工太陽を作っているかもしれない。

将棋を指すときによく言われるのが、「三手の読み」。50年前のアマチュア将棋の世界では「三手の読みができると初段」とか言われていた。今の基準だと中級者(5級ぐらい)かな。

「一手の読み」というのは、盤上に美味そうな手があると、先を考えずに指してしまうこと。

「三手の読み」というのは、いくつかの美味そうな手を指した場合の相手の手(これが二手目)を推測し、次の自分の手(三手目)を考えること。

そして初段になると、少なくても「五手以上」は読める。三手の読みでは、見通しが甘いことが多い。五手以上先は不確実性が高いため、慎重に考える。


選挙でいえば、たくさん並べたてられた政策が直感的に魅力的に感じて、投票する人は「一手の読み」の人。

政策の中に、相矛盾していて同時実現が困難にみえたり、反対者が多いような場合、それを考慮して実現される政策に落とし込んで評価して投票する人が三手の読みだろうか・

さらに政策が実行された場合、遅効的に発生する社会的影響や投票者自身に及ぼす影響などを考慮する人が「五手の読み」ということだろう。


この三種の人の比率はどうなのだろうか。3:2:1ぐらいだろうか。


もっとも、投票しない人もいるわけで(対局辞退=棄権)、その人たちは、

政策の意味が分からない人=「読み力ゼロ」と、考えすぎて答えが出ない人「百手の読み」の二種に分かれるといえる。