なぜ?

6か月後のある朝、病院について今日の担当患者様リストの一覧表にポール ビーニーの名前がありました。えっと思い14号室に行くと、声を出して泣きながら右手でベッドの柵をバンバンと叩いているポール先生の姿がありました。左手は全く動いていませんでした。脳梗塞再発。左片側完全麻痺。前回と全く同じ診断。退院して6か月後の夜中、トイレに起きたときに倒れたそうです。なぜまた?あんなに一生懸命リハビリしてやっと元の生活に戻れるようになったのに。頑張って上り詰めた崖の上からまた突き落とされたような感覚でした。脳梗塞というのは私が経験した限り二度目は一度目よりも重度が重く、障害も残ることが多いです。

 

“あんなに頑張ってリハビリしたのになんて神様は不公平なんだろう”。

 

勝手な私は心の中で思いました。“そんなこと一番全身で感じているのはもちろんポール先生であろうことは分かっていました。やはり今回はあれほど頑張ってリハビリをし、回復した後の再度の脳梗塞。打ちのめされたようでした。どんなに頑張ってもこの病気には勝てないのか、たとえまた回復してもすぐにまた再度の脳梗塞を発症するのではないか。今回もまたポール先生担当の作業療法士として毎日介入が始まりました。表情が穏やかでいつもみんなを笑わせていたポール先生はそこにはいませんでした。今回の脳梗塞は新たに嚥下障害が伴い、食べるものもすべて離乳食のように作られ、飲むものもすべて液体をドロッとした誤嚥を防ぐための粉を入れなければなりません。“食べる”ことが大好きだったポール先生には毎日の食事がリハビリになりました。心臓病の方に作られる病院食は塩分控えめで味が薄く、毎日の楽しみが苦痛になったと言っていました。それでも何とか心を強く持って、リハビリに取り組む中、グリーン先生がお見舞いに来ていらっしゃたときポール先生の生い立ちを聞くことができました。生まれてからすぐに養子に出されたこと。若いころはミズーリの田舎で育ち野球少年だったこと。医者になってからは海軍の医師団、そしてそののち心臓外科の名医としてカリフォルニアで働いたこと。グリーン先生は小児科の先生で医師会を通じて交友を深めたこと。ポール先生の家はフットボール会場が10個入るほどの敷地にたくさんの動物が住んでいること。ポール先生の好物がシーフードであること。いろんなお話を聞きました。脳梗塞は脳で起きる病気と思われがちですが、発症の原因としては心臓病との関りが大きく、心臓外科で働いていたポール先生にとっては自身の病気の予後、回復の可能性などご自身でよくわかっていたのだと思います。そんな気落ちがちなポール先生のために介入の一環としてキッチンでご飯を作る作業を提案しました。ポール先生の奥さんの協力もあり、エビのオーブン焼きを計画しました。リハビリのユニットには患者さんの生活面すべてにおいての自立を目標とするためフルサイズのキッチン、調理用具、洗濯機、乾燥機などなど練習用に病院内に設備されています。ニービー先生にはエビを剥いたり、オーブンシートに並べたり食器を用意したり歩行器を使いながら、筋力の弱くなった左の手を機能改善のため故意的に使いながら作業を行いました。オーブンで焼くエビのにおいが病棟中に漂い、看護士、お見舞いに来ている人たち、ほかの患者さんなどがキッチンのある部屋を何度ものぞきに来ました。ポール先生はの嚥下障害は重度で焼いたエビも細かく刻んでたべなければなりませんでした。それでも病院内の味気ないごはん以外の食べ物を口にできたポール先生は笑顔でいっぱいでした。