小学生を卒業して37年。
似合ってます!
http://osyaberitation.seesaa.net/s/article/298104312.html
小学生の頃に、この先生と出会ってなかったら…
俺は未だに自分の殻に閉じこもってしまっていたかもしれない。
紆余曲折あって38歳で理学療法士となり、40歳で落語をはじめ、エアリハができて、やっと自分の人生を切り開けた。
それを伝えたい…
5年前に思い立って、先生に手紙を書き、
いつか飲もうと約束をして…時だけが過ぎて…
ついに今夜、その夢が叶った。
ジャジャーーン
岡田先生ーー!
変わってない!
同級生も誘って(てか偶然半年前から同じ職場!)、2人で奈良駅前へ!
緊張とワクワクでドキドキ
三郷小学校、6年6組担任とその生徒2人。
岡田先生としての名誉ある初担任。
一気に時があの頃に戻りました〜
しかも前日が63歳のお誕生日!ということで、
プレゼントも用意!
ハンチング帽のお写真ばかりでしたので、
じゃーーん
似合ってます!
とっても喜んでくださいました
もちろん同級生のまーさんのセンス✨
さすが!
俺はもう、乾杯の瞬間に涙が止まりませんでした。
思い出話というよりも、あの頃に戻った感じで
次々と話に花が咲きました。
クラスで俺だけ、作文を書き直しさせたでしょ!
「覚えてないなぁ。」
「もしかしたら、繁岡君を潰してたかもしれないなぁ…」
いえいえ、だからこそ、本を出すまでに成長しましたよ
いくらでも次々と思い出すあの頃の思い出。
自信満々に次々と学校を改革をして、何をするにもパワフルな熱い先生というイメージでしたが、
「当時は、先生でもやっておこう。罪な仕事やと思う…」
とぽつりと。
先生も悩みながら頑張っておられたんだなと思うと、人に何かを伝えることの基本を学ばせてもらった思いです。
面白いのは、三人がそれぞれ、覚えている話が違うかったということ。
きっと先生は一番良いと思ってやってくださったことは、子供には全く記憶に残ってなくて、でも楽しかったという感情は心に刻まれて…
どうでもいいような話を先生は忘れてても、子供の方が覚えてたり、
伝わるアンテナって人それぞれで、正解とかもなくて、どう育つかなんて壮大な課題も思い通りにならない…
そんなこともあって、
先生は「罪な仕事」と表現されたのかなとも思いました。
ただ、覚えているというより、感じて心に残っていることは、
あのクラスで良かった…
これに尽きます。
校長先生としては定年されましたが、
今はまだ大学で授業をされてます!
休みの日には幼稚園で絵本の読み聞かせをされています。
突然、
「大学の授業の一コマ使うか?」
と光栄なお話!
喜んで
気がつけば5時間。
あっという間。名残惜しいですが、またしばしのお別れの時間。
ありがとうございました😊
やっぱり尊敬できる憧れの方です。
最後の方は先生もほろ酔い加減で、
逆の立場で、
僕からこれからの食生活指導をさせていただきました!
いつまでもお元気でいてくださいね。
あーなんていい日。
思い出があるってしあわせ。
先生は何十年経っても先生。
子供はいつまでも子供です。
「俺は死んでも、岡田さんとは呼んでもらえない。いつまでも親御さんからも岡田先生や。それだけ教師って凄い職業なんよ」
これからも先生として生き生きと皆を育てて頂きたいと思いました。
僕はお年寄りに、僕に出会えて良かったと思ってもらうのが生き甲斐であり使命です。
何十年も生きてこられて、最後の数年のお付き合いだけで、今までの人生を全て「良い人生だった」と思ってもらえる素晴らしい仕事です。
あの大人しかった僕が、
こんな風に育ちましたよ!
直接伝えられてよかったです。