あの頃の話をしようか、といっても個人的な話で恐縮なのだけど・・・。
 
 僕が大学を出た頃。母の買い物に付き合わされて街に出かけた折、偶然にも母の友人にばったり出会った。「あら、久しぶり。」「やだ、元気?」というわけで3人が昼食を共にすることになった。おばさん二人の話は花が咲き乱れ、もちろん僕は蚊帳の外だ。

 気を利かしたのか、母の友人は僕に向かって「それにしても○○ちゃん大きくなったねえ、ついこの前まで高校生だったよね。あの頃毎日のようにうちの店に来てビートルズのレコードばっかり見てたのがつい昨日のようだわ。」そう、実はこのおばさん、県内でも有数のレコード店で事務員をしていたのだ。

 それから二人の話題は当時のレコード店での想い出話に移ったのだが、彼女突然こんなことを言い出した。「レコード店なんてそうそう儲かる商売じゃあなかったのよ。でも○○ちゃんがうちの店に来ていた頃が一番景気がよかったかな。そうそう、あの頃はビートルズのLPがやたら売れていたのね。」

 えっと僕は思った。僕が彼女の勤務するレコード店に通っていた高校時代は70年代半ばで当然Beatlesはとっくに解散したあとだ。そんなことはないでしょう、60年代後半、つまりBeatlesが現役の頃の方がもっともっと売れていたでしょう?と聞いたところ、「そうでもないわよ。確かにシングルは売れてはいたけど、あの頃はLPなんて誰も買わなかったのよ。でもあんたがうちに来てた頃、あんときは凄かったねえ。毎週100枚以上のビートルズLPを追加で注文してたんだから・・。

 意外であった。彼女は当時そのレコード店の事務経理の責任者であった。当然、発注・仕入れから販売数の伝票を最終的にまとめていた人である。その彼女が言うのだから間違いないだろう。よそはともかく、少なくとも僕の住む街では・・・。


       Beatlesのアルバムは解散後の方がバカ売れだったのだ。


 さて、ここで僕は一つの仮説を立ててみた。それは、そもそもレコードとはソフトのひとつだ。しかもLPを聞くためには当然「ステレオセット」というハードウエアが必要になる。ではBeatlesが活躍していた60年代、果たしてどれだけの人が自宅にステレオ再生装置を所有していたのだろうか?
 Beatlesが活動していたのは1962年から1969年までのわずか約8年間。意外と短いのに驚くだろう。その間、リアルタイムでBeatlesのアルバムを体験していたのは60年代後半の音楽世代といっていいだろう。じゃあ、その頃の日本の音楽環境ってどうだったか?
 資料によるとすでに1958年には日本ビクターから国産初のステレオセットが発売されている。その後60年代には大手家電メーカーがオーディオ機器の開発、販売に着手しており、すでにセパレート型、アンサンブル型のステレオが市場に出回っていたようだ。しかも、1964年には日本のレコード総売上げはアメリカに次いで第2位。さらに高度成長期のさなか、1968年に日本はGNPでも世界第2位に躍り出ているのである。

 ならばみんながLPレコードを買いまくっていたかといえば答えはNoだ。当時家にステレオ再生装置を所有していたのはごく少数のセレブ。しかもそのうちの大半は年配のジャズ・クラシックfanであったことは明白だ。つまり、ステレオを所有していた人の中にロックfanがどれだけいたかは疑問である。いたとしてもそれはおそらくその家の弟、息子たちであろう。
 「おやじ、(アニキ)ちょっとステレオ貸してくれよ。ビートルズ聞きたいんだ。」「バカ!絶対許さんぞ。そんなものかけたら機械が壊れる。」おそらくそんな会話が絶対あったはずだ。庶民には価格としては破格のステレオだ。もちろん、月賦(ローン)で買えないこともなかっただろうが、当時の家庭ではそれよりも先にまず買わねばならぬものがあった。


            カラーテレビである。


 よって、当時のロックfan = Beatles fanは、僕らが思うほどLPレコードなど買ってはいなかった!と考えてよいのではないか?ロック好きの若者たち、その大半は貧しい労働者であり学生たちだ、と決めつけるつもりは毛頭ない。しかし狭いアパートのどこにステレオが置けるものか。当時の彼らの音楽メディアはラジオ、よくてポータブルプレーヤーであった。(もっともLP対応のプレイヤーも一部には存在していた。我が家にあった機種はそれだ。)当時は、今ほど手軽には聞きたい音楽が聞けなかった。だからこそ街には音楽喫茶が流行った。ジュークボックスの前にみんなが列を組んだのである。

 物価としてはどうか?当時のシングルは1枚300円、LPが2,000円だ。現在のシングルCDが1枚700円として、この倍率をそのまま適用すると・・・アルバムCD1枚が約5,000円弱。レンタルなどない時代である。誰が買うか、そんな高いもん!
 想像してほしい。待ち焦がれたBeatlesの新譜が出た。しかし店頭ではLPレコードを高値の花として横目で見ながらシングルレコードを買っていく若者たちの姿を・・・。

 それでも音楽雑誌には手放しで新アルバムの内容が絶賛される。音楽評論家達はたぶん、高収入の人たちだったのだろう。いや、うがった見方をすれば、その編集部にレコード会社から無料の試聴盤が送られてきて、彼らはそれを聞いていたのかもしれない。つまり、タダで。それでもって「ああ、私が初めてこのアルバムを聞いた時の衝撃といったら、それはもう・・。」などと原稿に書いていたとしたら、僕はその評論家にあえて聞きたい。


          お前、それ自腹で買ったのかよ?


 ここで再び母の友人、元レコード店の事務経理のおばさんの話に立ち返ろう。Beatlesのアルバムが売れたのは70年代半ば、解散後5年を経過した頃だというこの証言は極めて重要だ。ところでおじさんたちの記憶に鮮やかに残っているのは、70年、いや71年初頭に東芝から発売されたステレオ「ICボストン」のTVCFである。ここでは映画「Let it be」の1シーンが流れ、見る人全てに、Beatles = STEREOというイメージが定着させた。これは実にすごいことなのである。

 ここから先は僕の証言を挟ませていただきたい。高校の冬、僕は親からステレオセットを買ってもらえることになった。忘れもしない、1975年、12月だ。ワクワクしながら家電ショップへ行くと、そこはもう、人気のコンポーネントステレオが店内に所狭しと陳列してあった。一部のマニアの嗜好品であったオーディオはこの時すでにテレビに次ぐ大衆家電の花形となっていたのだ。おりしもこの2年前にはBeatlesの2枚組Bestアルバム「赤盤、青盤」が記録的なセールスとなっており、新型のオーディオでLPを聞くという音楽環境はこの時かなり若者の間に広がっていたようだ。

 いつの時代もハードがソフトを牽引し、ソフトがハードを凌駕する。それまでBeatlesをシングルで聞いていた人がここで改めてLPで、Stereoで聞きなおす機会が訪れた。で、その演奏はもとより、あまりにも上質な音の良さに驚いた。「こんなにすごい音質だったのか!今まで俺たちは何を聞いていたんだろう・・。」すでに過去のものとなっていたアーティストが残していった作品は十分最新のオーディオで堪能するに相応しいものであったことを改めて実感したのである。そう、こうしてBeatlesは、


        アルバムアーティストとして復活したのである。


 そして、世に言う「ロックの名盤」が次々と市場を賑わし、「空前のロックアルバム・ブーム」が70年代を駆け抜ける。洋楽=ロックと言っていいほど世界中からロックミュージシャンが台頭した。しかし、その中心はやはりBeatlesにほかならなかった。レコード会社はすでに「Beatles Forever」と銘打って新たに全アルバムを再発売。(ついでにちょっぴり値上げして)一大キャンペーンを繰り広げていた。
 さすがは「世界の東芝」である。レコード部門のBeatlesソフトと自社開発のオーディオハードとを融合させて、日本に「一大音楽家電市場」を構築したのである。いったい誰だ、こんなすごい戦略を考えたのは。

 結論である。このブログで僕が再三主張してきたこと、その根底にあるのはこの1点だ。


  Beatlesとは、現役時代ではあくまでシングルを中心に活動したバンドであり、
  解散後、オーディオの普及とともにアルバムアーティストに昇華したバンドである。



 しかし、つくづく思うのは僕らの世代ってホントにいいタイミングだったというか、恵まれてたというか・・。
それに比べて今の若い世代って実にお気の毒。ITシステムには恵まれているけど肝心のお歌の方がもうひとつ。もし生まれ変われるとしたら、やっぱりあの時代がいいかなあ・・。


 

 

          ふん、誰だって自分の若い時が1番だって思いたがるもんサ。