「夜明けのすべて」良かった。

当初、舞台挨拶が当たったので(ちょっとしたミーハー心)そちらがメインで…という邪な気持ちでいたのだけど、原作を読んでどういう作品になったのか興味が湧いてきて、舞台挨拶の前日、映画に集中して観てみようと初日に観に行きました。

映画館を出て、「あ、この感じ知ってる。これ大勢の人に届くやつ。きっと賞賛されるやつ。」という気持ちでした。普通の私がこれだけ心を動かされるって只事ではない!ってことです。今まで観てきた映画でも同じように感じたことがあるけれど、真正面から響く映画ってあると思ってます。

 

さて映画は初日から既に2週間経っていてまだ関心を持ってもらっているのですごいなあと思うし、ベルリン国際映画祭での上映会もあって世界へ羽ばたき始めていることが本当に素晴らしいですね。


全体の感想を端的に言うなら「日常の中で、それぞれにままならぬ事情もあり、だけど絶対的に日常は過ぎていく。隣の人がなんであれ寄り添うことは可能だし、寄り添えあえたらベターになる。誰にも等しく夜(物理的な夜と心理的な夜)は来るし、でも夜の先には朝がある。ゆっくりと続く明日を進んでいこう」を教えてくれて、肩の力が抜けて少し夜空を眺めたくなり、そして朝と新鮮な空気を待ち遠しくなる映画だった。かな。

 

ここからは映画の内容について。2月9日に観てから書き続けてしまって超長文。パンフは読まずに映画をみたままの感想で自分的メモっす。ネタバレも考察もあるのでご注意をー。

 

⚫️藤沢さんとお母さん、周りの環境

初っ端、藤沢さんはPMSの症状で雨の中倒れているし、行動が不審だし、警察に厄介になるし、お母さんにお迎えに来てもらいます。

雨の中倒れているのに、やってきたバスも乗客も全くの無反応なんだねー、ってそこそこショックでした。でもこれが現実かも?とも。もしかしたらどうしましたか?と声をかけた人もいるかもだけど、八つ当たりされたり、無視されたりしたら放っておくしかないし、少し怖いと思うかも。これが心の病、症状の難しいところだよね。難しいねー。

お母さんはバリバリ働いていたようないでたちだけど、少し娘には甘い感じを醸し出しているし、一方で距離を測ろうともしているみたい。ボールペンをうまく掴めないあたりから既に健康上の不穏な未来が演出されてましたね。

 

⚫️藤沢さんの会社、お医者さん

ええっ?混乱してる同僚を録画する???って憤ってしまった。それどころじゃない何かが起こっているとは思わないんだねー。正義感なのか野次馬根性なのか。実際の時間のニュースでもそういうことあるしね。

薬の効果で眠ってしまったあと、現場から逃げる藤沢さん。それしかチョイスがなかったね。それにしても逃げる際に呼び止められて一旦振り返りそれでも逃げるところ「ちゃんと謝らなくちゃ…逃げちゃいけない…逃げるしかない…えーん、逃げるぅぅ💨」というダッシュがなんか記憶に残ってる。

私もいろんなお医者さんにかかるタイプだから、相談のシーンはリアルだなーと。話し聞いてリクエスト聞いて看護師さんを呼んで薬の飲み方教えててって。そして藤沢さんはお医者さんにはちゃんと起きたことを伝えていて症状に向き合いたいんだなーって。

 

⚫️山添くん

あとから改めて確信できるけど、初っ端の山添くん、映画の中でも一番ガリガリで顔色が悪い。このシーンから撮影始めたのかな?と思うぐらい。

そして、誰にも会わない倉庫のような片隅でイヤホンして藤沢さんが来たら逃げるように席を立って。誰にも触れさせない近寄らせないオーラと、藤沢さんの緊張してお菓子を持っていく感じが同僚なのに全然コミュニケーションがとれてないんだなって。こういう体験をしたことがある人だけがわかる、ちょっと苦い、でもこうせざるを得ない感じ、ふさぎ込んで、ああ辛いね…と同情してしまった。


 

⚫️爆発

炭酸水のキャップを開ける音とその時の山添くんの態度が藤沢さんの不安定な心にイラつきを与えてしまったわけだけど、その時の藤沢さんの目の座り具合が…。それにそのシーンで同僚の平西さんが住田さんの息子さんたちに住田さんを呼ぶように伝えて、同時に山添くんを外へ誘い、戻ってきた住田さんが藤沢さんを宥めている一連の流れが、すごく良かった。平西さんや住田さんの会社での立場より、普段の人間性、背景(親である、とか)みたいなのがみれて、藤沢さん、こんなにしてもらえる寛容な環境にいるのいいね、と最初に思ったシーン。

 

⚫️お菓子と山添くん

爆発の謝罪として和菓子を買って配る藤沢さん。住田さんから「ありがとうでも気にしないで。癖になっちゃうから。」っていう言葉もありつつ、ちゃんと「でもここのxx(なんだっけ?大福?どら焼き?)好きなの❤️」ってフォローもしてくれて、この時点で住田さん素敵ってなってた。あとやっぱり藤沢さんが自分のコントロールできない心をすごく責めているんだな、とも。毎度のことなのに「いつもすみません」と言葉だけでは足らずお菓子も添えたくなるぐらい、情けなく思ってるんだろうな、とか。もちろん藤沢さんのナチュラルな気遣いもあるんだろうけど、当たってしまった山添くんには彼がちゃんと喜んでくれて許してくれそうなお菓子以外を求めたのかな、って。

 

⚫️コンビニの買い物、エコバッグ

藤沢さんが山添くんに渡したコンビニのおにぎりや飲み物。急遽山添くんを送ったのにエコバッグ持ってて偉いなーとか、でもきっと食欲ないし、飲み物はストックされてるだろうなーとか思っちゃった(私が山添くん的同僚に思うのはそれくらいかも)。藤沢さんは優しいし、人のために身体を動かせる人なんだな、って。でも少し、藤沢さんはPMSの症状がなくても気遣いで疲れてしまう人なのかなと心配に。

 

⚫️パニック障害とPMS

玄関先で話すことじゃないように思ったりもしたんだけど、全編見終わって別にどこで話しても環境が許せば場所なんて関係ないか…って。それに、山添くんのちょっと上からな「え?パニック障害とPMS違くないですか?」「PMSもまだまだだねえ」は秀逸なセリフ。誰にでも発生しえる事の方が”大変”なことで、人類の半分の女性にしか起こらないことは”そっち側”の問題、みたいな。知りようもない事(例えば生理)を想像してというのは難しいけど、知る機会があれば(例えば教育)知ってみようと思ったらいいし、「辛い」と言っている人がいたらそれが自分とは関係ないことでも耳を傾けるとか、等しく誰にでもそうして関心と心を寄せられるといいな、といつも思っていることを改めて再確認しました。大体その人ことはその人以外は知らないわけだからまずは聞けばいいよねー。

 

⚫️それぞれの事情

栗田科学の環境が優しいものなのは社長の弟さんの件があり、山添くんの元上司の辻本さんが山添くんの話しをとにかく聞いているのはお姉さんの件があったから。二人ともトラウマを抱えている。栗田社長が弟さんがきっと好きだった日本酒を供え今日も無事に一日が終わったことを報告する、その儀式に優しさと後悔があるんだとわかるんだけど、終盤、山添くんが手を合わせてくれた時、本当に嬉しそうで自慢の弟に自慢の従業員を自慢しているように感じてグッときてしまった。

 

辻本さんも忙しくても山添くんの話しを聞き、実家に帰れない山添くんにお節を持っていき(というか、お正月に会ってくれるなんて!)、前向きに栗田工業でやっていこうと思うという山添くんの変化に男泣きするなんて優しい。もしかしたらお姉さんへの償いみたいな気持ちから心配で優しさだけではないのかもだけど、でも寄り添い続けたことで山添くんに変化が起きたのは確か。そして、テラスでお姉さんの遺した子どもである甥っ子ちゃんがハンカチを「はいこれどうぞ」と丁寧に差し出すところに、こっちの二人の関係性、感情も知りたいなーってなりました。

 

人は見かけだけではわからない。その通り。隣の人も何か痛みをもっているかもと思う想像力は大切かも。

 

住田さんもね何かあるかもね。彼女の発する「ありがとう」「大丈夫大丈夫」っていう言葉が響く。いくつかのありがとうのうち、一番好きなのは山添くんのたい焼きをもらった時のありがとう。すっごくいいありがとう。実はここですごく感動してしまった。

 

⚫️山添くんの彼女

病院に付き添い、医者にいつ治るかと詰め寄る感じ。痛いほど息苦しい。電車に乗れるか試してみるもできない身体を上から見下ろす感じ、これも息苦しい。なんでできないの?なんで普通じゃないの?いつ前みたいになるの?って叫びたくなる気持ちと彼を優しく労わりたい気持ちと揺れているんだろうな、って。

お別れを言いにきたあの日の「外で話せる?」に彼女のごめんねがあって辛い。寄り添いたくても寄り添えきれなくなってしまうことは、近い距離の人の方があることだから。言い方は悪いけど、「巻き込まれた」感から逃げられないし、逃げちゃいけないという思い込みからどんどん苦しくなってきちゃうよね。本当は好きだし優しくありたいのに。


⚫️栗田科学社長の弟さん

空を見上げても北極星がどれかもわからない山添くんが、社長の弟さんのカセットの音声で解説文を作っていくのがよい。真剣に学ぶことと、弟さんの熱意やユーモアが山添くんを変えたんだな、と感じる。社長の若い頃の声も入ってるカセットや、写真でも本当に仲の良い兄妹だったことがわかってその喪失感たるや…と思いいたることもできる。

これは勘違いかもなんだけも最後のエンドロールで事務所から弟さんらしき人が出てきているような。右奥の玄関先に最後の最後、みんなの輪に馴染むように遠目にも楽しそうに。

いつも魂はそこにあり、目にみえないけど存在する、なのかなと。監督が音楽のテーマをwave(繰り返すが同じものはない)とghost(見えないけどそこにあるもの)にしたと言っていて、このシーンにも繋がっているのかな?なんて。でも見間違い、勘違いならごめんね!

 

⚫️藤沢さんと山添くん 

自転車を持っていってあげることを思いついてテンションのあがってる藤沢さん→そのままのテンションで髪を切ってあげると言い出す藤沢さん→我に返って持っていた毛束を放り投げる藤沢さん

 

自転車を突然持ってこられて押し付けられて迷惑そうな山添くん「え、いりません」の声のトーンすごくいい。→髪をきられることになる山添くん「元美容師さんですか?美容師になりたかったとか?」と全く藤沢さんを理解してない問いをする→切りすぎた髪型を大笑いする山添くん。(ここの笑い声、笑い方、最高です。映画館の暗闇で破顔して一緒に笑ってしまう)

 

・・映画ではこうして距離が縮まる様子が描かれていくんだけど、どれも男女ではなところが気持ちいい。人間関係って男女ばかりでないし、同じ痛み、近い痛みはそれを知っている人にしか共感できないものがあるだろうから。

 

全てのシーンがよかったけれど、部屋でポテチを筒から食べるところはそういう表現があったんだ!と驚いたし、何と言っても二人の声のトーンが決して上ずったりせず、素の声で会話をしているのが最高。だから「あ、忘れ物した」「うん、じゃあまた明日ね」が、もうなんとも言えずいい。用事があるから急いでいる藤沢さんに「っすー」みたいなやつとか。同僚や友人ってこういう感じ!に逆にエモく感じてしまったりして(笑)

 

あとあれも好き。語られないから想像だけど、藤沢さんがスマホを会社に忘れて山添くんが届けるシーン。自転車で藤沢さんの自宅に向かう山添くんは会社のジャンパーを着ていて、今まで遠くに行けなかったのに自転車で少し離れた藤沢さんの家に行く。自転車はもらってから初めて使ったみたい。藤沢さんは生理で荒んでいて、だけど荷物を届けてくれた山添くんの姿を

みて少し明るい気持ちになるし、気分を切り替えようと前向きになる。山添くんが会社へ戻る途中、着信があって到着した時にはお土産のたい焼きをもっている。。この着信(メッセージ)はきっと藤沢さんからだし、少し元気になった藤沢さんから「皆さんに迷惑かけちゃったから何か買っていってあげて」で、山添くんはそれを「藤沢さんらしいなー、でもそうだね、皆さんにお土産でも買っていこうかな」ってなったんだと思ってる。メッセージをみながらニッコリしているのはそういうことかな?って。二人の間に確かな特別な関係ができているように思うし、でもここから二人は男女の関係にはならないのが面白い。

 

●プラネタリウムと声

プラネタリウムのナレーションをする藤沢さん(上白石萌音さん)の声は癒しでしかない。夜についてのメモを読む藤沢さんの声は宇宙と地上を結んで銀河系全てを包括しているような優しさと、夜明けがそこにあることを知らせるあたたかさ。プラネタリウム(宇宙)は、存在している地球の外にある世界を表していて、それは一人の人間にも身体の内側と外側があるっていうことへのメタファー。。なるほどだし、確かに心のうちにモヤモヤやままならないこと、コントロールできないことがあっても世界は進み続けるし、夜がきて朝がくるし。そういったことを藤沢さんは弟さんの「夜についてのメモ」から示唆を得たのかな、と感じた。

 

この後藤沢さんは会社を去り、山添くんは職場に残りお互いそれぞれに歩みを進めることになるけど、そこでの山添くんのナレーションも良い。何か一つ小さいけど荷物を降ろし、風や陽だまりのあたたかさ、雨の煌めきに改めて心を寄せられるようになったように思う、ほんのりした前向きさ。これが山添くん(松村北斗さん)の声だというのがホッとする。

 

⚫️エンドロール

ゆっくり画面をみて耳を澄ませてほしいところ。

「コンビニいきますけど…」が聞こえた時に山添くんはきっと大丈夫と。そしてこうして日常が続くんだ.、終わりはなくて続くんだ、とすぅーと自然に思えるエンディングだった。


あー長くなってしまった。まだまだ一つ一つについてコメントが言えそうな気がするけどいい加減ここまでで。


最後、俳優さんたちについて少し。上白石萌音さんの機嫌が悪くなったり罪悪感を感じていたりする演技がリアルですごく気持ちをのせて映画を見ることができて素晴らしい演技だな、と。あとインタビューでの受け答え(特にベルリンでの)が知性とユーモアがあって素敵すぎでした。松村北斗さんは、すごくこだわって向き合ったんだなーと。過度に表現をしないことで逆に気持ちの機微や変化がよく伝わってきて、なんだか友人のように「少し顔色がよくなったね!」と言いたくなるような山添くんをみれてよかったです。社長の光石研さんは可愛らしくもあり、だからこそその裏にある事情にはハッとさせられたし渋川清彦さんは、この映画で唯一能動的に山添くんに関わった人かなと思ってて、その思いが報われた時の男泣きはやっぱりグッときてしまってそれまでの影から見守る感じがすごくよかった。そして、お気にいりは久保田磨希さん。彼女もお母さん的な優しく澄んだ声の持ち主ですごく惹かれました。

 

 円盤化されたら手元に残しておきたい一作かもです。