高市の言い訳に米連邦議会立法調査官というのはコングレッショナル・フェローを和訳しただけというのがあるけど、以前は日本人初の米連邦議会立法調査官と言っていた。今はそれはコングレッショナル・フェローだということにしてるけど、高市の前に少なくとも2人、日本人の本物のコングレッショナル・フェローがいるから、米連邦議会立法調査官=コングレッショナル・フェローなら、日本人初も虚偽。ただ、高市の形式のコングレッショナル・フェロー(事務所の私的フェロー)は高市が日本人で唯一の可能性はあるから、もし唯一なら日本人初の(私的)コングレッショナル・フェローという意味では嘘ではない。本物のコングレッショナル・フェローが先にいるから全然売り文句にはならないにしても。コング
レッショナル・フェローの定訳が存在していなかったから立法調査官としたのは嘘で、米国議会奨学生や連邦議会研究員という訳語が高市が立法調査官と言うより前に存在していた。
大久保貞義『技術社会の人間と労働:労働形態と生きがいの変化』1970 米国議会奨学生(Congressional Fellow)として米議会に留学 https://t.co/xRapY25mnW https://t.co/Xv4faZ8Y56 pic.twitter.com/YGe7jfqnht
— 住田 朋久 😷 SUMIDA Tomohisa (@sumidatomohisa) May 13, 2026
「内山秀夫教授略歴」1994 https://t.co/RSyCowZe3X 1959年から60年にかけて、アメリカ合衆国連邦議会研究員(コングレショナル・フェロー) American Political Science Association Congressional Fellowship Program. Asia Foundation Fellow. https://t.co/JYxknlM88A https://t.co/3zlrahWe4d pic.twitter.com/B17EeQhvxN
— 住田 朋久 😷 SUMIDA Tomohisa (@sumidatomohisa) July 3, 2026
1993年の時点ですでに真相解明されてるけど、今と同じような訳のわからない言い訳たらたら。「コングレショナル・フェローというのはLAと同じものです。LAは法案を作成するスタッフですが、これはアメリカの市民権を持っていないとなれないので、私のような外国人のためにあるのがこの肩書です」とは一体。高市は「私の書いたレポートが防衛費分担の法案にも引用されています」と主張してるけど、高市がいたと主張してる期間に範囲を広げても、シュローダーが提出に関わった法案の中に、そのような法案は成立しなかったものも含めて見当たらなかった。成立しなかった法案の中に防衛費に関するものはあったけど、防衛費の分担に関してではなかった。
