言い出しっぺは麻生だけど、高市が閣議決定した謎の行事。ウィキペディアを見たらしょぼそうだった。
高市その他議員と最高裁長官の式辞と自衛隊員の歌と演奏。自民党のカラオケ大会なんて揶揄されてたけど、選曲が高市が生まれて以降の歌のみと自己中ぶりを発揮していた。昭和100年と言いながら戦争には気持ち程度触れるのみ。以前から思ってるけど、国会でもどこでも、話し方が途中でランダムに切り替わることがあるのは何故なんだろう。変に艶を出して力が若干抜けた話し方に変わることがある。私はこれがすごく苦手で出来るだけ音声を聞くのを避けて文字を読んでいる。英語を読み上げている時に、その話し方をすると生成字幕が全然拾えていない。変に艶を出す話し方は意図的にやってると思う。
昭和100年と数える必要性が理解出来ないけど、フィクション込みの皇紀2600年を言っ
ちゃう国だし、それと同じ流れかも。今年は昭和なら101年だけど、満なら100年という訳の分からない言い訳までしている。
翌日明かされた天皇の思いが、高市へ釘を刺してるように聞こえた。天皇がいるからこそ元号があるのに、元号を政治利用して、天皇には喋らせないという目に余る非礼。
天皇皇后両陛下は落ち着いたご様子で鑑賞され、すべての演奏が終了した後に笑顔で拍手を送られていました。いっぽう式典では天皇陛下のおことばはなく、宮内庁によれば“政府の考え方に基づいた”とのことです」(全国紙社会部記者)
天皇制への賛否は個人的に決めかねているけど、高市みたいな人間が暴走した時に(すでに暴走してるという見方もあり)、歯止めになるのかも知れないと、今回のことを見て思った。この高市自己満国威発揚行事にいくら税金が投入されたんだろう。明治百年記念式典はまだ理解出来るけど、昭和100年記念式典は、高市の下また軍国主義に向かい、昭和の最初の20年を再現しそうな状況で、恐怖の式典としか思えなかった。
高市は見送りをせず天皇より先に帰ったらしい。この記事にはオリンピック・パラリン
ピック選手団との懇親会をドタキャンし、写真撮影と感謝状の贈呈だけですませたことも書かれている。大手は元から写真撮影と感謝状の贈呈しか予定になかったような報じ方をしていたところもある。



