2019年1月のテーマ

 

"和"を感じる本

第四回は、

「美貌の女帝」[新装版]

永井路子 著

文春文庫 2012年発行

 

です。

 

私が持っているのは1988年発行の旧版なので、新装版は実は読んだことがありません。解説等違うところがあると思います。

現在は旧版は販売されていないと思いますので、前回の「剣客商売」と同じく、新装版でおすすめさせていただきます。

 

主人公は、氷高皇女(ひたかのひめみこ)こと、元正天皇(女帝)です。

物語に描かれているのは、古代。壬申の乱の後帝位についた天武天皇が亡くなり、持統天皇(天武の妻)の時代から、聖武天皇の時代まで、

 

 

持統→文武→元明→元正→聖武

 

と五人の天皇の時代が舞台です。

そのうち、持統、元明、元正の三人は女帝。女帝がこのように続いたのは、決して男の皇族がいなかったからではなく、その時代の皇位継承の基準が明確ではなかったことや、何よりも母系社会であったために母方の血筋が重要視されたということがあります。

 

大化の改新で、蘇我入鹿(そがのいるか)が中大兄皇子(なかおおえのおうじ)と藤原鎌足(ふじわらのかまたり)によって誅殺されてから、政治の中心から蘇我氏は締め出されていきました。しかし、その頃の天皇の妃や母は蘇我氏の血を引く娘たちだったのです。

当然、持統天皇も、元明天皇も、元正天皇も蘇我氏の血を引く娘たち。文武天皇も蘇我氏の血をひいています。大化の改新以降も、蘇我氏の血は生き残り、天皇や天皇の母としての地位を守ろうと、藤原氏と戦い続けるのです。

歴史的事実に基づき、元正天皇の目を通して、藤原氏と蘇我の娘たちの政治上の戦いが描かれているのがこの作品です。

 

古代が舞台ということもあり、血のつながりのややこしさ、普段聞きなれない登場人物の名前に、これまでに古代史の歴史小説を読んだことのない方は混乱されるかもしれません。正直、とっつきにくいと感じられるかも、という気はします。

 

それでもおすすめしたい訳は、ズバリ、"古代の政治や天皇について理解を深めよう!知らなかったことを知るって面白い!"です。

 

こう言っておいていきなり反対のことを言うみたいですが、歴史小説というのは、作者の創作物なので、"歴史的事実"とは違います。

小説に書いてあることを、"歴史的事実"だと思い込むことはいけません。

なぜなら、歴史小説は、作者によって色んな解釈で書かれていますし、小説という文学形態の性質上、物語ありきで歴史上の人物像を作り上げている作品もあるからです。つまり、歴史エンターテインメントというジャンル(私の勝手な分類ですが)の小説です。

少しでも分かりやすくするために、極端な例えを挙げてみますね。例えば、豊臣秀吉が妖怪に取りつかれて、それを倒す忍者組織が陰で暗躍・・・みたいな(実際にそういう小説があるかどうかは知りません。私の創作です)。それはそれで面白ければアリだと思います。エンターテインメントとして。

何が言いたいかというと、歴史小説も今やいろんなジャンルが存在する、ということと、小説の下敷きにされている歴史的事実が少なければ作品のエンターテインメント色が濃くなると私は考えている、ということです。

 

前置きが長くなりましたが、永井路子さんという作家さんは、歴史的資料を読みこんで、そこから、その歴史的事実にはどんな意味があったのか、ということを考えて、ご本人なりの結論を小説という形で表現されている作家さんだと思います。

「美貌の女帝」は、史料として、『続日本紀』、『日本書紀』、『懐風藻』、『万葉集』が挙げられていますし、その他にも参考文献として、舞台となった時代に関する本も数多く挙げられています。

それだけの準備の上で、永井路子という作家さんは、持統天皇から聖武天皇までの時代に行われた政治の意味を考え、この物語を書かれたのだと思います。そういった意味で、エンターテインメントとしての小説ではなく、この時代の歴史を読み解こうとした作品だという風に私は感じています。

 

古代というのは、資料の少なさからよく分かっていないことの方が多い時代です。

私は、学生時代に日本史の勉強をしましたが、飛鳥時代や奈良時代は、天皇の名前と、重要な出来事の年号の暗記をするだけで、それも時間がたつと曖昧なものになりがちでした。きっと私と同じように、日本史を勉強したことがあっても、この時代はぼんやりとしている方って多いと思います。

「美貌の女帝」は、史料からたくさんの史実を吸い上げてあるので、古代の政治というものを知るのに良い作品です。と同時に、女性たちが政治的駆け引きの中でどのように戦ってきたのか、一族の血というものが古代においてどれほど重要視されていたのか、という作者の解釈を通して、今まで考えても見なかった視点で古代史を見るきっかけになる作品だと思います。日本の古代史に関心のある人って、そんなに多くないと私は感じています。今まで興味のなかった人が、触れてみるきっかけになってくれたらいいなと思います。

 

ちなみに、永井路子さんは、大変歴史に造詣の深い方で、他にも鎌倉時代を舞台にした作品や、平安時代、戦国時代、といろんな時代が舞台の作品を書かれています。女性が主人公の作品が多いと感じますが、私のおすすめはこの「美貌の女帝」と、桓武天皇以降、平安時代初期を舞台とした「王朝序曲」です。

お気に召したら、永井さんの他の作品も読んでみてくださいね。(*^▽^*)