足を切断するのか | ossanviewのブログ

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アラフィフのおっさんが思ったことをつづっています。

父親が3回の脳梗塞を起こして


特養から病院に入院したが、


また特養に戻れるだろうとおもっていたのは


かなり甘かったようだ。


3回目の脳梗塞の影響で誤嚥性肺炎になったのは


以前のブログで書いたが、


3カ月の入院中に右足が壊疽を起こしてしまい


短期間で変色してしまった。(ひざの辺りまで)


先生はミイラ化とか炭化とか


言っていたが、


本当にそんな感じなのだ。  


そして、


その病院も3カ月ルールがあり


出なければならなくなった


病院の相談員さんの助けもあり


先日、医療型の施設に転院することができた。




来週、その新しい病院施設の


先生との話し合いがあるのだが、


先日、電話口で先生とすこし話した時に


「切断」というワードも出てきた。


こないだまでの病院では切断の話までは出なかった。


たぶん次の病院に任せようとおもったのかもしれない。


てか、


そんな重大なこと


いくら家族だから、キーパーソンだからって


決められない。


本人にまだ意識があるうちは


何としても本人に決断をしてほしいと思っている。


あとでああすればよかった


などと後悔の念にさいなまれる


のはごめんだ。


ほかにも考えることはある。


はたして


今切ることになったとして身体は持ちこたえられる


のだろうか?


それは怪しい。


更に


懸念点がある。


この先左足も同じように壊疽になると


こないだまで入院していた病院の先生は言っていたのだ!


それは当人の幸せに寄与する手術なのか?


あとどのくらい生きられるのかは分からない。


でも、長くないことは確かだろう。


父親は身体を切ったりすることを非常に嫌がる人間だ。


人生の最後に


両足切断などということが身に振りかかるなど


予想だにしていなかっただろう。


さて、切らないとどうなるか?


敗血症で命を落とすことになるだろう。


医者はそれを避けたいのだろう。


今の身体の状態はというと


完全寝たきり


栄養は点滴


尿は管が入っている。


ほとんど現代の医療のおかげでなんとか


生きている体(てい)になっている。


やっとこさ生かされているのだ。


ここから命を左右する事をどの程度すべきかしないべきか


これには究極的には本人がどうしたいのか


ということを確認するのが


1番ではなかろうか。


不幸か幸いか頭はボケていないようなので


意思を確かめてみたいとおもう。