未だにネットなどで散見される論争。スピニングは右で巻くのか左で巻くのか、という問題。
私がスピニングリールを使い始めたのは小学生の3-4年の頃だったと思う。近くの浜でキス釣りをするのにスピニングリールを使ったのが最初だった。当時穴が開くほど読んでいた海釣りの入門本に「右利きの人はスピニングリールは左ハンドルで巻くのが正しいので間違えないように。」と書いてあり、父が使っていたスピニングリールの右ハンドルを左ハンドルに付け替えて使用していた。

なので、最初からスピニングリールは左ハンドルで巻いていて、これまでずっとそのままだ。右ハンドルだった人が左ハンドルに移行するのに違和感を感じるように、偶に他の人のタックルで右ハンドルのスピニングリールを使うとどうにもぎこちない。自分のタックルでは右ハンドルでスピニングリールを使うことはまずないだろう。

キャストを伴うことが多いスピニングリールでは、キャスト時に右手でリールフット部分を握り、左手はロッドエンド付近を握る。それでキャストすれば、右手を持ち替えることなくロッドエンドを握っていた左手でハンドルを巻けばいい。右ハンドルの場合、キャストした後右手、左手の持ち替えが都度発生してしまう。
これが右利きの人はスピニングリールは左手で巻くのが望ましい、という理由だ。

だが、現場の釣りや釣り番組を見ていると、レジャーで釣りをしている人や初心者ばかりではなくプロの人でも右ハンドルを使っている人も相当数居る。ネットでも、「左ハンドルの方がキャストごとの動作は少なくなるが、結局慣れたほうで巻けばいい。」という結論になっているようだ。

ま、それで支障がないと思うのであればどっちで巻いても好きにすればいいと思う。

なんだけど....

スピニングリールは上記の思想からそもそも左ハンドルを前提に設計されているということは理解しておいた方がいいと思う。

一部の投げ釣り用のリールに見られるような右ハンドル、左ハンドルが固定されていて左右のハンドルが交換できないものはこの限りではないのでこの話からは除外する。

普通のスピニングリールは、ハンドルを右でも左でも好きな方に付けられる。一見どちらで巻いてもいいように感じるが、結論から言うと、スピニングリールは本来、右ハンドルで巻くような構造にはなっていない。

一般的なスピニングリールの構造を見てみよう。これは一昨年年初に購入した「19ストラディック4000」だ。

19ストラディック4000
ここでまず注目すべきは、心臓部であるメインギヤ73(マスターギヤ、ドライブギヤ)、ピニオンギヤ63とハンドル組91の位置関係だ。
リールフット側(ロッドを握った時の上側)からリールを眺めた場合、ピニオンギヤの左側からメインギヤが当たる構造になっている。右ハンドルでも左ハンドルでもいいが、リールのハンドル回すときは、ハンドルはリール本体を引っ張るように回されることが多い。スピニングだろうがベイトだろうが実際にリールのハンドルを回してみれば分かる。ハンドルをリール本体に押し付けるように回す人は先ず居ないはずだ。

この図は左ハンドルだから、ハンドルを回せばメインギヤはピニオンギヤから離される方向で回されることになる。勿論、ギヤは適正なクリアランスで接触しなければならないので、適切な厚みの座金(パーツ番号で76)を入れることにより仮にハンドルをリール本体から離れる方向で巻いてもメインギヤはピニオンギヤから離れすぎないように調整されている。左ハンドルで巻く限り、メインギヤとピニオンギヤは常に調整されたクリアランスで動作することになる。

では、右ハンドルで巻いた場合はどうなるだろうか?

メインギヤの右側にハンドルがある場合、メインギヤは右方向に引っ張られ、その引っ張る力は常にピニオンギヤを100%押し付ける方向に働く。結果、両ギヤは常に圧力がかけ続けられ摩耗は左ハンドルの場合より激しく進むことが容易に分かる。また、ピニオンギヤにも常に右方向の力が掛かり続けるためにボディー、その他のパーツにもその力が及ぶ。この場合、座金76の調整は機能してないことになる。

ギヤを押し付けながら巻けば巻き心地もよいはずがない。それは別としても、少なくともギヤの寿命は右ハンドルの方が不利になる。
これが構造的にスピニングリールは本来右ハンドルを前提に作られていない、という理由だ。

これが理解できるのならば、「右だろうが左だろうが好きな方で巻けばいい。」とは安易に言えないだろう。

勿論、実釣において右ハンドルでも強度的な問題はないのだろう。それが証拠にシマノもダイワもこのようなことを公表しないし、相変わらずハンドルは左右付け替え可能なままで売られている。
だが、もし私が中古のスピニングリールを購入するなら右ハンドルのリールは避けたいと思うだろう。それがジギングなど過酷な使い方をされる大型リールなら尚更そう思う。

「最近はマグロ、ヒラマサなど強力なターゲットに対しても大型のスピニングリールは普通に使われるし、それを右ハンドルで使っているのだから何の問題もないのではないか?」いかにもごもっともな話だ。
ということで、ステラSWの構造を見てみると.....

13ステラSW8000pg
13ステラSWではメインギヤの左右両側に座金97が入っている。このように両側に座金が入っていれば右ハンドルだろうが左ハンドルだろうがメインギヤの位置は固定され、ピニオンギヤを横方向から押し付けるような力が働くことはない。シマノもさすがにこのような番手については右ハンドルでの使用はまずい、と判断したのだろう。
だが、これは13ステラSW以降のステラSW、ツインパワーSWのみの構造で、ノーマルのステラ、ツインパワーを含めて他のシマノのスピニングリールでは相変わらずメインギヤ左側にしか座金は入っていない。

リールを右で巻こうが左で巻こうが好きにしたらいいと思う。他人に余計なおせっかいをする権利などない。

ただし、「俺がスピニングを右で巻こうが勝手だろうが! ゴラァ!!」と言うのは勝手だが、そもそものスピニングリールの設計思想、そしてそれに反して道具を使うことの構造的なデメリットは知っておいたほうがいいに決まってる。もし自分の身内で右利きの人が居て、スピニングリールを使おうとしているのであれば「リールのハンドルは左に付けろ。」と必ず言うだろう。

車でもなんでもその動作メカニズムを知らなくたって使えるものは数多くある。だが、知らないことで根拠に乏しい情報を与えられミスリードされることは多い。何事も本質を理論的に理解することに得はあっても損はない。