朝窓を開けると鉛色の空と蝉の声。今年は涼しい日に蝉が鳴くように感じる。この後関東地方も雨になると予報が告げている。
今日は豆乳ラテを飲みながらダイニングに座ると、ニュースの見出しが目に入る。国際刑事裁判所の赤根智子所長がオンラインで記者会見を開き、アメリカからの制裁対象追加に対して「決して負けない」「法の支配の危機だ」と語ったという。詳しい経緯や国際法上の是非についてここで細かく論じるだけの知識はない。ただ、画面越しに映し出されるその表情の引き締まり方に、なんとなく目を留めてしまう。
大きな組織や国家は、個人がどれほど理路整然と正しさを主張したところで、その巨大な質量をもって押しつぶそうとしてくることがある。そういう圧倒的な力学の前に立たされたとき、人はどうやって自分の輪郭を保ち続けるのだろうか。画面のなかの所長は毅然とした態度を崩していないように見えるけれど、その背後にあるプレッシャーの重さを想像するだけで、こちらまで肩が凝るような心地がする。
自分より大きなものに対して「いや、それは違うのではないか」と声を上げなければならない瞬間というのは、人生のあちこちに転がっている。大抵の場合、面倒くさくなって目を逸らしたり、角を立てないように愛想笑いでやり過ごしたりしてしまうわけだけれど。そうやって妥協を重ねることが大人になることだと自分に言い聞かせながら、どこかで小さな棘が胸のなかに残り続ける。
「決して負けない」という言葉の響きは、遠い世界の出来事のようでありながら、実はとても個人的なものに通じている気がする。そこを守り抜くためには相当なエネルギーが必要になる。
遠くの国で繰り広げられている巨大な綱引きのニュースは、スマートフォンを閉じればあっという間に視界から消えて、蝉の声だけが元通りに戻ってくる。