杉田家31訪目。

改めてラーショ巡りを始めてからゆーもの、時々この脳裏に往来スるのは、
ラーショを原点に持つ 「家系」 のコトにござる。

かつて、家系の元祖 「吉村家」 の店主は、
東京醤油+九州豚骨の構想を抱いて、平和島のラーショで半年修行した後、
横浜の磯子で独立開業したとゆー(1974)

元祖がラーづくりのベースを得たのはラーショなのだ。
だから、たとえ半年とはいえ、その最も根幹を形成せしめたラーショを、
私は ”家系の原点” と定義付けるのにござる。

「杉田家」はその吉村家から初めて暖簾分けを許された名門で(1999)
更に、千葉店は、その唯一の直営支店(2011〜)にござる。
ラーショと杉田家千葉とは、最も良質な継承ラインなのだ。

■ 『ラーメン』+味玉+ ネギ増しを、バリカタ、油多めで。(濃さ普通)

ラーショいえば、なんといっても “ネギ” にござろう。
まだ世の中が豊かでなかった時代、日常のありふれた材料を工夫して
B級的逸品に仕立てるコトが巷で様々に行われていたが、
ラーショの “和えネギ” は、店名と同義といっても過言ではない。

それほどのネギなのだが、
例えば ”いしい” では、かなり前面に押し出しているのに、
ココ杉田家ではそーでもなかったよな記憶。改めて券売機に目を凝らす。
いちばん下にアったゼ。よし!

着丼したそれに盛られていたのは、全く異なる “輪切ネギ” にござった。
何かのタガが外れたが如く ”薬味” がヤマになってる風情。
そーかぁ、杉田家では「ネギ」は重視されていないンだナー。

次に目を向けるのはチャー。
ラーショでは、脂が充分にノったのが、迫力ある雑な感じで散乱するが、
杉田家では、赤身主体にレア感を残した丁寧な仕上りにござる。
考え方も手法もまるで違う。

丼の根幹をなすスープと麺は一見して誰もわかる通りの別物にござる。
あの安直なワカメはなく、三種の神器のレンソーになってて、

海苔は一緒だが、意思を以て押し出した大判海苔だから共通とは言えず、
器も、ラーショ系共通の青い器ではなく、吉村家と同じ黒だ。

☆☆☆

改めて個々に見ていくと、99% 別物にてござった。
さて困ったゼ。冒頭で威勢よく掲げた "命題の命運" や如何に!?

でもしかしぃッ!なのでござる(笑)
この丼から立ち昇るオーラや、店内にたちこめるスピリチュアルさは、
どーしてもラーショを感じてしまうのにござる。

事実、世の中にはまるで系統の異なるオーラのラーもあるではないか!

個々のアイテムはどんどん変わっても、
トータルを覆う “気分” だけは、もーどーにも変えよーがないのだ。
とあくまで言い張る(笑)

逆から見れば、原点の片鱗も残らぬホドに、
如何に多量の "ココロザシ" と "工夫" がなされたかゆーコトでもある。
店によっても異なるが、世界に羽ばたく 「家系」 は、
それほどの膨大なエネルギーをもって構築された、ゆーコトにござる!

ラーショを原点に、超・普遍的な、ひとつの 「大分野」 を構築した人々に、
心より敬服、惜しみない拍手を贈りたい。