わたしが換気扇掃除ができるようになった理由。
それは、ある友人からの一言。
「換気扇の中、掃除してないの?!」
ドン引きしている感情が込められたような一言だった。
今まで換気扇掃除は、フィルター掃除だけ。中にまでアクセスできるなんて知らなかった。
新築2年目くらいのときに友人にそれを言われ動揺しているや否や(as soon as)
「2年もやってないのぉぉぉぉぉ?! 中、すごい事になってそうだね!!!!」
と追い討ちをかけられ、打ちひしがれた。。。
そのあとに非常に悔しい怒りにも似た感情が込み上げてきた。
「知らなかったもんそんなの!」
「換気扇の中までアクセスできるなんて知らなかった。そんな見えないところまでやる必要あるのか?」
など、たぶんそんな事を反論したような気もする。が、しかし、
"換気扇の中を掃除してないやつだと思われたくない"
"換気扇の中にアクセスできるって知った以上、それをやらない事を選ぶということは自分を甘やかしてる事になるんじゃなかろうか"
"換気扇の中を掃除しなかったというだけでなんでこんな屈辱的な思いをしなければならないんだ"
こんな風に思ったわけです。
そのあと、その友人からやり方を教えてもらい、ネットの海を泳ぎながらやり方動画を見ながら、2年間掃除してなかったシロッコファンとご対面。。。
まあああああとんでもない汚れ様。
コレが自分の肺だったら。。。と思うとすぐにでも呼吸器内科に駆け込みたい。。。
こんな汚れを放置していて。。。
せっかく新築の家を夫に買ってもらったのに、とても申し訳ない気持ちになりました。
料理が好きなくせに、換気扇の中まで考える事が出来なくてごめんよぉぉぉぉ_:(´ཀ`」 ∠):という気持ちで、生まれてはじめてのシロッコファン掃除は3時間くらいかかりました。。。
3時間。。。
ロードオブザリング観終わるな。。。
もうそんな思いはしたくないわけです。
3時間もゴッシゴッシ。。。
はじめてなのでぎこちないやり方でゴッシゴッシ。。。
適切な道具も揃えられてないままゴッシゴッシ。。。
それからは気が向いたときには掃除するようになり、一回の換気扇掃除で3時間を費やすことはなくなりました。
が、しかし!また例のドン引き友人が言うのです。。。
「週に一回はフィルターもシロッコファンも外して掃除してるよ」
と。。。
「エーーーーー!!!!((((;゚Д゚)))))))」
どんだけ暇なんだよ。。。とも思いました。
「習慣化してしまえば別になんてことない」
た。。。たしかに。。。
掃除をする事に意識を向けたあと、掃除が自分の中に定着する様に、習慣化する様にする。
だからキレイは保たれるんだ。。。
にしても1週間に一回となっ!!!!
かなりめんどくせぇぞっ!!!!
「そんな暇ない。フィルター掃除くらいならできるかもしれないけどさ。。。」
と、また反論する俺。。。
反論してる時って、その意見をなかなか飲み込めない時だけど、実はそうなりたいとか、そっちの方がいいってわかってる時だったりしますよねぇ〜(。-_-。)
数日、自分ちの換気扇とにらめっこしてたと思います。
「こいつを週一かーーーー_(:3 」∠)_」
気持ちはかなり後ろのめり。。。タスクが増える事間違いなしなのはわかってる。でもこのモヤモヤした気持ちっ!あいつがやってるのにあたしはやってない!この悔しさ!この思いを解消するのにはもう一回週一だろうがなんだろうが、自分が納得いくまでやってやろうじゃないか!くそ!五月みどりだ!(一週間にに十日来い)
まずは換気扇につけていた不織布のフィルターを外した。"不織布フィルターが有れば安心"この思いを断ち切った。
不織布フィルターがあるから、安心しきって中を見ようとしてなかったんだ。
不織布フィルターがあるから、それを外す気持ちから遠のいてたんだ。
見るぞ!
わたしは現実を見るぞ!
フィルターなんかで覆われた世界より、問題そのものを見るぞ!
換気扇に手が届かない。。。
踏み台が必要だ。。。
踏み台置くぞ!
換気扇掃除を習慣化するために必要なものを身近に置いておくぞ!
問題から目を逸らすための道具を排除し、問題に取り掛かりやすくするための道具を身近に置く。自分に合った道具を揃える。
悔しさから、怒り、腹から湧いてくる気持ちをそのまま換気扇掃除の習慣化という作業にシフトし、あれから2年以上経つけど、わたしは換気扇掃除は週に一回は必ずやっている。
習慣化された。
汚れが蓄積されていない状態なので、専用の油汚れ用洗剤など使わなくても、台所の中性洗剤などで、皿洗いする感覚で換気扇掃除をしている。
朝、出かける30分あれば、
・五徳
・換気扇のフィルター
・シロッコファン
・レンジフード
コレらをピカピカにできる。
"怒りは自分を動かす原動力になる"と、別の友人が言っていた。
換気扇掃除の件で、わたしは怒った。言ってきた友人にではなく、その言葉を受け取って自分の中に怒りが生まれた。その怒りのエネルギーを言ってきた人にではなく、ましてや他者にエネルギーとしてぶつけるのではなく、換気扇掃除という問題そのものに正しく使う事ができた。
そして数年かけて習慣化し、仕事にもなっている。
週に一回ペースで誰かの家の換気扇掃除をしているのでいろんなバージョンの換気扇に出会い、頭を使い試行錯誤しながら自分のやり方で換気扇をキレイにして喜んでもらっている。
キレイになってわたしもうれしい。
怒りはわたしの収入源になった。
あのままだったら怒りではなく、モヤモヤした気持ちが渦巻いて到底仕事には結びつかなかったと思う。ましてや、自分で換気扇掃除のワークショップをするようになるなんてね。
そして、"できる"という体験は自分の価値になる。