グループサウンズ

グループサウンズこそ我が青春の音楽の中での記憶に残る1ページである。1966年6月あのビートルズの日本上陸を機に日本の若者の間で一気に火がついたのがグループサウンズの台頭である。一説によるとプロとして活動していたグループサウンズが100グループ位あったとういうから凄い。しかし実際にグループサウンズが目立って活躍していたのは1966年後半から1971年前半までと僅か5年間くらいの間だった。しかしこの5年間を青春真っ只中で体感した私にとっては忘れられない5年間だった。ビートルズが来日する前から日本にも多くのバンドが存在していて代表的には田辺昭知とザ・スパイダース、ジャッキー吉川とブルー・コメッツ、寺内タケシとブルージンズなどが活躍していたが、当時はグループサウンズとは呼ばれていなかった。

1966年2月1日発売

1965年5月に、かまやつひろし作詞・作曲の「フリフリ」シングルデビューし、当時としては斬新な音楽性に加え、ミリタリー・ルックをいち早く取り入れるセンスのよさ、そしてコミカルタッチな演出をも得意とする実力派バンドとして評価される。1966年に入ると2月「ノー・ノー・ボーイ」4月「ヘイ・ボーイ」7月「サマー・ガール」とブリティッシュ・ビートの影響を大きく受けた、かまやつひろし氏作品によるシングルが発売された。

 

1966年5月に開催された「日劇ウェスタンカーニバル」に初出場するが、この時期はまだ青春歌謡全盛の時だったのでジャニーズ・布施明さん・望月浩さん・奥村チヨさん・槙みちるさんなどの方にどちらかといえば注目がいっていた。

ザ・スパーダース・ストーリー(2枚組):1967年11月25日発売

 

メンバーは田辺昭知(ドラムス)加藤充(ベース)かまやつひろし(サイド・ギター)大野克夫(スチール・ギター、エレクトーン)井上孝之(リード・ギター)堺正章(ヴォーカル・フルート)井上順(ヴォーカル・タンバリン)の7人。見せる音楽を最初に取り入れたグループではないだろうか。個性豊かな7名でステージも軽妙な堺正章氏の司会で大いに盛り上がった。加瀬邦彦氏も2カ月間だがスパイダースに在籍していた時があった。

1966年9月15日発売

 

浜口庫之助氏作品の「夕日が泣いている」堺正章さんの素晴らしい歌唱もあり120万枚を超える大ヒットとなり一躍スターダムにのし上がる。以後解散(1971年2月)までシングル21枚・アルバム10枚その他コンパクト盤・ソノシートなどを発売している。