変態になろう

と決めて、数日。


毎日、コンプレックス部分を見ている。

今までより、しっかり見ている。


見るようになってから思ったのだが、

「愛する」の第一歩は、「見る」ことだと思った。


変態バリに、大好きになったろう!としているが、

やっぱなんか違う気がして…


私はすでに、平らな胸や、太い脚を、

その存在を、愛していると思う。


でも、実際、そんなに自分の好みではないんだな。


好みじゃないから、

「大好き」にはなり切れなさそうなのだ。

変態になろうと思ってなれるわけじゃないのだ(笑)

※別の面では十分変態の素質はあるのだがナ


でも、見ていると、愛がジワーっとして、

…どうなってるんだろう?

どういう構造でこういう形になってるんだろう?

みたいな感覚が生まれた。


そんな中、他の方のブログで、

「胸が小さいのにはちゃんと原因がある」「遺伝ではない」などの記載があり、それなりの説得力も感じて…

原因があるなら知りたいな、

自分の体がどうなってるのか知りたいな、

と思うようになった。


今のありのままの形を愛するのが正解のような気がしていたが、

できるアプローチをして、好みに近づけようとするのも、なんだか愛の一つのようで…

決して、今を否定するのではない。

上手く表現できないけど。


それでも変わらなければ、

それはそれでまた別の愛が芽生えるような気もする。




なんかさ、この「愛」と「好き」が分離してる感じ、今書きながら気づいたけど、

あの人に対する気持ちがボワーンと重なる。

もう…





自分を知ろう。

知りたい。

ぜひ機会を作ってその整体院に行ってみよう。

自分への冒険だ。