こんにちは。Tomokoです。
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わたしのことについては このブログとわたしのこと
今さら聞けない、「潜在意識って何?」その②です。
まず人には「意識」があり、意識は「意識・無意識」に分かれ、また、無意識には「前意識・潜在意識・集合的無意識」があると①で書きました。
「前意識・潜在意識・集合的無意識」ははっきりとその領域が別れているものではなく、グラデーションにかぶりあっています。
その「潜在意識」が何故、注目されるようになったのか?
それは、その名前に大きな意味があります。
無意識と呼ばれていたら、「無い」に焦点があたって、無いのだから発展しずらいですが、「潜在的にはあるんだよー」と言われれば、「有る(在る)」のだから、気になりはじめますよね。
「潜在能力」も同じく、「潜在的にあるもの」を人は知りたくなります。
この時点でもう、意識の書き換えというのは、始まっています。
では、潜在意識に気付いていくことが何故大切なのか?
わたしたちの意識の90~97%が無意識(前意識・潜在意識・集合的無意識)だからです。
そのうち、「無意識=潜在意識」ととらえておられる方もたくさんおられるくらいなので、何パーセントを潜在意識と呼んでよいのかは定まってないですが、だいたい9割は潜在意識と思っていても間違ってはないでしょう。
意識が、わたしたちの感情や、感情による反応、そして思考や行動を担っているのに、その9割が自分で分かっていない潜在意識なのかよー!という感じなんです。
要するに、今起きていること、今起きている現象は、ほとんど潜在意識が作って見せているものだ、ということです。
わたしたちは自分が意識できる1割をとても駆使して現実で帳尻を合わせようとしているんですね。
現実で起きていることに対する心の反応、見え方、捉え方を変えていくには、9割の潜在意識からどれくらいそこに在るものに気づいていくか、ということになります。
顕在意識に上げてこれたら、感じ方や捉え方を変えるようにアプローチができます。それがまた潜在意識にも影響を与え返していきます。
それは現実そのものを変えていく、変わっていく、ということに繋がります。
「望んでいないことが今目の前で起きている」
「欲しいと思っているものが手に入らない」
これらは、全部潜在意識の情報が現実化しています。
頭では(顕在意識では)「欲しい」と思っているものが、潜在意識では「欲しくない」となっています。
頭では(顕在意識では)「起こってほしくない」と思っているものが、潜在意識では「起こって当たり前」となっています。
それはネットショッピングをしていて「白い服」が欲しいと思っているのに、何故か「黒い服」を買い物かごに入れているようなものです。
それで、「黒い服」が届いて、「こんなの欲しくなーい!!」と嘆いているようなもので、まさに、「自分のことが分かっていない」という感じのことが起きています。
顕在意識と、潜在意識が一致すれば、バラ色の生活なんですね。
望んだことが望むとおりです。
あんまり、そんなチャレンジもトンチのきいたことも なんにももなければ、人はたぶんつまらないと思うので、100%なんて誰も望まないでしょうが、「9割自分のこと分かってない」はヒドイですよね(笑)
「巨大なジグソーパズルの1割だけできてます状態」が永遠続くという、なかなかストイックな感じですよ(笑)
何にしても、「ほとんど見えてない」から、その見えていない絵を自らアプローチして見ていこうという作業が、潜在意識を知っていくということです。
そうすると、パズルへの取り組みは格段に楽しくなります。
自分の人生の舵取りや、人生創造が随分楽に、楽しくなるよ、ということです。
ブログのトップのところに、「OSHO禅タロットは自分の気持ちや潜在意識を理解するのにとてもよいツール」と書いています。
潜在意識に変化を起こさせるのには、そこにアプローチすることがまず大切です。
OSHO禅タロットの便利なところは、「アプローチ自体はとても簡単にできる」ということです。
カードが理解できなくても、アプローチすること自体が、潜在意識を動かすんですね。そうすると、顕在意識に上がってきやすくなります。
余談ですが、人間の意識の進化が進んできて、潜在意識に少しずつアプローチできる割合が増えて、上げやすくなってはいるなぁと感じます。なので、人によっては意識できるところが15%くらいにはなってます、というように変化してきてるのかな?という希望的観測も私の中にはあります。
わたしたちには「集合的無意識」というのがあるので、そこで人の意識の底上げもできたりします。だから、今は以前より誰しもが自分の潜在意識にアプローチしやすくなっている、という点も、期待できるかなぁと感じています。
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