図書カード
アメリカンホームダイレクトから図書カードが届いていた。
なんでも、自動車保険の満期1ヶ月以上前に契約継続手続きをしたからだという。
500円・・・か、
まあ、そんなとこだろうね。
500円で買える本・・・
何かしらあるかしら。
iMacからの投稿
なんでも、自動車保険の満期1ヶ月以上前に契約継続手続きをしたからだという。
500円・・・か、
まあ、そんなとこだろうね。
500円で買える本・・・
何かしらあるかしら。
iMacからの投稿
3.11
2年前の今日、3月11日。金曜日14時46分。
東日本大地震が日本列島を襲った。
その時自分は、新婚旅行で伊豆に行っており最終日、当時住んでいた宇都宮まで
車で帰宅途中であった。
最終日、伊豆修善寺で観光し東名高速道路の厚木インターから東京を抜けて東北道で宇都宮まで帰宅する予定であった。
修善寺の竹林などを散策し、厚木インターに向かう途中、
突如激しい揺れに襲われた。
車で走行中でもその揺れは感じられた。
ハンドルが取られた。
前を走るトラックがハザードランプを点滅させ、道路中央に止まった。
自分もそれに従い、ハザードランプを点滅させて止まった。
その時点で周囲の信号機はすべて消えていた。
国道脇のガソリンスタンドの従業員たちも店内から出てきていた。
激しい揺れが収まり、徐行しながら厚木インターを目指した。
その途中、生きている信号機が赤であった交差点で信号待ちをしていたとき、2度目の大きな揺れが襲ってきた。
目の前のマンションがぐにゃぐにゃと揺れ、隣に止まっていたトレーラーがその揺れの激しさに耐えられないくらいに揺れていた。
その後、厚木インターを目指したが案の定全面通行止めとなってしまっていた。
一般道は大渋滞となった。
その中、わたしたちは都内をなんとか通り抜け宇都宮の自宅に着いたときは既に深夜0時を少し過ぎていた。
帰宅の道中、携帯電話はほぼ不通であった。
メールも送信遅延。
得られる情報といえば、携帯電話のワンセグでのテレビ報道のみ。
あの小さい携帯のテレビ画面に映し出された巨大津波の映像が今でも脳裏に生々しく残っている。
2年経過した今もなお、中規模な地震は頻発している。
地震大国日本。火山列島日本。
今後十数年の間に東南海・南海地震が起こる確率は高いという。
2年前の東日本大震災を教訓にし、災害、防災の意識を高めたいと思う。
東日本大地震が日本列島を襲った。
その時自分は、新婚旅行で伊豆に行っており最終日、当時住んでいた宇都宮まで
車で帰宅途中であった。
最終日、伊豆修善寺で観光し東名高速道路の厚木インターから東京を抜けて東北道で宇都宮まで帰宅する予定であった。
修善寺の竹林などを散策し、厚木インターに向かう途中、
突如激しい揺れに襲われた。
車で走行中でもその揺れは感じられた。
ハンドルが取られた。
前を走るトラックがハザードランプを点滅させ、道路中央に止まった。
自分もそれに従い、ハザードランプを点滅させて止まった。
その時点で周囲の信号機はすべて消えていた。
国道脇のガソリンスタンドの従業員たちも店内から出てきていた。
激しい揺れが収まり、徐行しながら厚木インターを目指した。
その途中、生きている信号機が赤であった交差点で信号待ちをしていたとき、2度目の大きな揺れが襲ってきた。
目の前のマンションがぐにゃぐにゃと揺れ、隣に止まっていたトレーラーがその揺れの激しさに耐えられないくらいに揺れていた。
その後、厚木インターを目指したが案の定全面通行止めとなってしまっていた。
一般道は大渋滞となった。
その中、わたしたちは都内をなんとか通り抜け宇都宮の自宅に着いたときは既に深夜0時を少し過ぎていた。
帰宅の道中、携帯電話はほぼ不通であった。
メールも送信遅延。
得られる情報といえば、携帯電話のワンセグでのテレビ報道のみ。
あの小さい携帯のテレビ画面に映し出された巨大津波の映像が今でも脳裏に生々しく残っている。
2年経過した今もなお、中規模な地震は頻発している。
地震大国日本。火山列島日本。
今後十数年の間に東南海・南海地震が起こる確率は高いという。
2年前の東日本大震災を教訓にし、災害、防災の意識を高めたいと思う。
へんなゆめ
最近、特にへんな夢をみる。
休職中なのだが、会社の人が出てくる夢が多い。
で、おれのことをいじめるとか無視するっていう内容の夢。
こういう夢を見た日は目覚めが悪い。
まあ、目が覚めても仕事に行かないとならない、って訳じゃないんだけど。
転職するとかしたら、こういう夢は見なくなるのだろうか。
ゆうべは、夢なのかなんなのかわからないが、とても怖い思いをした。
浅い眠りから目が覚めると、いつも金縛りに遭うときと同じように、周りの音が
聞こえなくなるくらいの耳鳴りに襲われた。
もちろん、意識はあるのに身体が硬直してしまっていた。
しかし、まぶたは開くことができる。そっと開けてみた。
そのとき、右側を下にして横向きになって寝ていたのだが、
目を開けると、昔の中高生が着ていたような制服を着た女の子が、
同じように寝ていてこっちを見ている。
自分の目線がちょうど女の子の胸の辺りになっていたので、顔の表情までは
わからないが、顔の色は真っ青で唇だけが赤かった。
唇が小刻みに震えていた。
うわっ、やばい!!
と思って咄嗟に目を閉じた。
が金縛りは解けない。
目を開けるとまだその女の子がこっちをじっと見てるのかと思うと
恐怖の頂点に達した…
お願いだからどこかに行ってください!と念じながら再び今度は思いっきり
目を開けた。
その瞬間、金縛りは解け、女の子も消えていた。。。
これが夢なのかはわからない。
自分が金縛りに遭うときは、目を開けても何も見えない(気配はする)ことが
多いが、最近は腕だけが見えたり、、、ってことがある。
今回のはなんだったのだろうか・・・
休職中なのだが、会社の人が出てくる夢が多い。
で、おれのことをいじめるとか無視するっていう内容の夢。
こういう夢を見た日は目覚めが悪い。
まあ、目が覚めても仕事に行かないとならない、って訳じゃないんだけど。
転職するとかしたら、こういう夢は見なくなるのだろうか。
ゆうべは、夢なのかなんなのかわからないが、とても怖い思いをした。
浅い眠りから目が覚めると、いつも金縛りに遭うときと同じように、周りの音が
聞こえなくなるくらいの耳鳴りに襲われた。
もちろん、意識はあるのに身体が硬直してしまっていた。
しかし、まぶたは開くことができる。そっと開けてみた。
そのとき、右側を下にして横向きになって寝ていたのだが、
目を開けると、昔の中高生が着ていたような制服を着た女の子が、
同じように寝ていてこっちを見ている。
自分の目線がちょうど女の子の胸の辺りになっていたので、顔の表情までは
わからないが、顔の色は真っ青で唇だけが赤かった。
唇が小刻みに震えていた。
うわっ、やばい!!
と思って咄嗟に目を閉じた。
が金縛りは解けない。
目を開けるとまだその女の子がこっちをじっと見てるのかと思うと
恐怖の頂点に達した…
お願いだからどこかに行ってください!と念じながら再び今度は思いっきり
目を開けた。
その瞬間、金縛りは解け、女の子も消えていた。。。
これが夢なのかはわからない。
自分が金縛りに遭うときは、目を開けても何も見えない(気配はする)ことが
多いが、最近は腕だけが見えたり、、、ってことがある。
今回のはなんだったのだろうか・・・
WORLD ORDER武道館公演と路上ライブ
WORLD ORDER 武道館公演に参戦します。
かれらのテクノサウンドとダンスに魅了されてしまいました。
どう責任取ってくれるのだっww
という冗談はさておき、
WORLD ORDERを知ったのはつい最近。
ネットで公演情報を調べたら先行販売してて。。。
いつのまにか、SS席を取っていました。
ヨメの分と2枚…
けっこうは出費になったのですが、背に腹は代えられない(←この使い方、合ってるか?)
さて、それから、最近、工藤美優さんというシンガーソングライターのかたを知りました。
ツイッターでフォローもさせていただいているのですが、彼女はまだ高校生。
荻窪駅などで路上ライブをされているそうです。
YouTubeでも彼女の歌声を聴くことができます。
リンクを貼るとなにか問題あるかもしれませんのであえて貼りませんけど・・・
一度生で聴いてみたいと思いつつ・・・
(だれもこんなブログ読んでないので・・・)
これからはもうちょっと更新頻度を増やそうかな。
最近はツイッターやFacebook、instagramばかりになっていますが。。。
かれらのテクノサウンドとダンスに魅了されてしまいました。
どう責任取ってくれるのだっww
という冗談はさておき、
WORLD ORDERを知ったのはつい最近。
ネットで公演情報を調べたら先行販売してて。。。
いつのまにか、SS席を取っていました。
ヨメの分と2枚…
けっこうは出費になったのですが、背に腹は代えられない(←この使い方、合ってるか?)
さて、それから、最近、工藤美優さんというシンガーソングライターのかたを知りました。
ツイッターでフォローもさせていただいているのですが、彼女はまだ高校生。
荻窪駅などで路上ライブをされているそうです。
YouTubeでも彼女の歌声を聴くことができます。
リンクを貼るとなにか問題あるかもしれませんのであえて貼りませんけど・・・
一度生で聴いてみたいと思いつつ・・・
(だれもこんなブログ読んでないので・・・)
これからはもうちょっと更新頻度を増やそうかな。
最近はツイッターやFacebook、instagramばかりになっていますが。。。
今朝の出来事。
うちのすぐそばの「止まれ」の標識が、根元から折られていた。
そういえば今朝、クラクションの音と共に大きな衝撃音がした。事故かと思ったがその後人の話し声も聞こえてこないし、車の音もなくなったので、気にもとめなかった。
で夕方何気無くみたら標識が。。。
あれは乗用車が当たったとは思えんな。
トラック(小型かもしれないが)と思う。
衝撃音がした時に見ておけばよかった。
たぶん折ったあと逃げたんだな。。。
iPhoneからの投稿
そういえば今朝、クラクションの音と共に大きな衝撃音がした。事故かと思ったがその後人の話し声も聞こえてこないし、車の音もなくなったので、気にもとめなかった。
で夕方何気無くみたら標識が。。。
あれは乗用車が当たったとは思えんな。
トラック(小型かもしれないが)と思う。
衝撃音がした時に見ておけばよかった。
たぶん折ったあと逃げたんだな。。。
iPhoneからの投稿
ドラレコ
巷で流行りの(?)ドライブレコーダーっていうものをつけてみた。
ユピテルのDRY-FH200ってやつ。
取り付けてからまだ一度も乗ってないので、使用感とかはレビューできませぬが、
万が一事 故ったときの証拠になるからね。
ってこっちが悪いって時でも証拠になっちゃうけどw
ちなみに、クルマが事故などの衝撃を受けた前後のみの記録をするタイプじゃなくて、
エンジン始動で録画オンになって、エンジン切ったら自動で録画停止になるというスグレモノ。
欲を言えば、GPS対応で動画記録と同時に場所も記録してくれればいいんだけど、
まあ、安いし、そこまでは望めないね。
ユピテルのDRY-FH200ってやつ。
取り付けてからまだ一度も乗ってないので、使用感とかはレビューできませぬが、
万が一事 故ったときの証拠になるからね。
ってこっちが悪いって時でも証拠になっちゃうけどw
ちなみに、クルマが事故などの衝撃を受けた前後のみの記録をするタイプじゃなくて、
エンジン始動で録画オンになって、エンジン切ったら自動で録画停止になるというスグレモノ。
欲を言えば、GPS対応で動画記録と同時に場所も記録してくれればいいんだけど、
まあ、安いし、そこまでは望めないね。
ぶろぐさぼり
ぶろぐサボってた。
前回から10日経ってるぢゃん。
そうそう、前回ブログ書いた日から今日まで、
ジョギングもサボってた。
だめだめじゃんかよ。
しかも酒も5日連続くらいで飲んでるし。
明日から酒はしばらく断つか。
んで、ジョギングしないとな。
せっかくジーパンのウエストサイズが7cmダウンしたっていうのに
またもとに戻っちゃうじゃん!!
いきなりであるが、現在休職のみである。
いきなりであるが、現在休職のみである。
今の仕事を始めて22年が経過した。
入社してずっと医療系のSEをやってきた。
そもそも、工業高校に入って情報系を専攻していた。
なので、必然的にシステムエンジニア、プログラマの道が開けていた。
入社したころ「健康管理システム」の担当となった。
顧客の前でシステムの説明やデモンストレーションをやるという日々。
それまでSEとはプログラムを書くことが主な仕事と思っていた自分は
正直違和感を感じた。
人前で話すことは得意ではない。むしろ苦手なほうだ。
でも、客先でのデモや展示会などでの説明会などもこなすことができる
ようになってきた。
当時の医療系システムの花形は「医事会計システム」だった。
同期で同じ部署に配属となったみんなも医事会計システムが担当となった。
自分だけが健康管理システムというサブ系のシステムを担当した。
数年経ち、時代はオーダリングシステム、そして電子カルテシステムが
花形となった。もちろん医事会計システムも主要なシステムであることに
間違いはなかった。
そんな中、自分は「病院内物流管理システム」を担当するようになっていた。
これもサブシステムである。
花形のシステムはそれを担当するSEも多くそれなりのグループで構成され
後輩もどんどん付いた。
しかし、自分のようなサブシステムを担当していると、後輩もなかなか
つかず、なんとなく孤立した感じとなっていた。
病院システム導入プロジェクトの1構成メンバーとしてプロジェクトに参加
することも多くなっていた。
サブシステムだけを単独で導入するということはほぼ皆無であり、
電子カルテシステムを筆頭に、医事会計システム、手術管理システム、
臨床検査システム、放射線画像診断システム、物流システム、といった
サブシステムを抱き合わせて導入するという方式が一般的となった。
FグループのSE会社で病院物流システムを主担当としているSEはほとんど
おらず、特に東日本の物流システム商談ではだいたい声がかかるほどに
なっていた。
もちろん、一人で導入することなどは出来ないので、物流システムに特化した
協力会社の社員を使って導入作業をしていた。
したがって、病院システム導入プロジェクトの1構成メンバーであると同時に
協力会社メンバーを使っていくという感じである。
昔のシステム導入は、顧客と打ち合わせをして仕様を決め、システム設計を
してプログラミングし、テストをして仕様通りに動作するかを確認し、納品する
といったスタイルであった。要するに顧客の希望する通りのものを1から
作っていくという方法である。
だが、近年ではシステムをパッケージ化し、基本的にはノンカスタマイズで
納品するという方式に変化した。
このほうが、品質は担保されるし導入期間も短納期ですむ。したがって、
コストも抑えられるわけである。
しかし実際はそうも行かないのが実情である。
出来上がっているシステムに合わせて病院内の運用を合わせないと
ならないからである。
病院内の運用は全ての病院ががまったく同じというわけではない。似て非なる
ものである。
患者が来院して受付をする方法。受付後にどのように患者を動かすか(導線)。
検査と診察の方法。
入院時、退院時の手続きの方法…
あげると切りがないが、細かいところで病院毎に運用は異なる。
なので、出来合いのパッケージ化されたシステムをそのまま適用し、
はい、これで使ってください、とは行かないのである。
ではどうするか。
結局は以下のような工程(フェーズ)に従って導入作業をすすめることになる。
もちろん、病院予算にもよるので、それぞれのフェーズにかける期間や深さは
異なるが。
①基本設計(運用設計)
②詳細設計(システム設計)
③プログラム設計(昔のように1からモノ作りするわけではないが、パッケージ化
されたシステムの一部を運用に合わせて作り直す、あるいは改造するといった
ことが少なからず発生する。その改造部分のPG設計を含む)
④プログラミング(主に改造部分)
⑤プログラムテスト(単体レベルのテスト)
⑥結合テスト(システムに組み込んでのテスト)
⑦システムテスト(システム全体のテスト)
⑧運用テスト(運用を想定してのテスト、リハーサル)
リリース
これらの工程を経て実際に運用開始となるわけだが、特に基本設計~詳細設計
については顧客との打ち合わせがメインとなり、
まずパッケージの説明をする。システム全体の説明、画面構成の説明、
運用の場面毎に、システムではどういった機能をどうやって使うかと
いった説明など。
具体的には一般的な病院運用フロー(流れ図)をもとにそれぞれの場面で
どういった画面をどうやって使うのかをデモしながら説明する。
そこで、運用フローと顧客の運用の相違点を見つけ出し、その相違点を
システムでどうカバーするか(運用でカバーできるのか、システムを改良
しないとならないのか)を検討する。
顧客予算もあるので、なんでもかんでも改造するわけにもいかない(コスト
増となるため)。そういった時にどのように対応していくかという代替案を
提示する、といった駆け引きもある。
つぎに、改造が必要となった場合、改造設計が必要である。
その改造をすることによって顧客の要望を満たすことができるかどうかを
判断し、顧客予算に収まるかも判断が必要となる。
また、設計自体をSEがすることもあるが、協力会社に依頼することもある。
プログラミング作業は大抵協力会社に依頼することが多いので、必然的に
設計まで依頼するほうが多い。
協力会社の担当者が仕様通りに設計をしたかをレビューすることも必要と
なる。
また、この間に顧客とのマスタ設定作業も発生する。
マスタとは、システムを動かす為の設定値のようなものである。
また、病院物流システムにおいて言えば、物品マスタといったものが
ある。
商品の名称や規格、包装容量などといった基本情報をコード化すること
である。
コード化することによって、他システム(電子カルテシステムや医事会計
システムなど)と連携を容易にすることが出来る為である。
実際にモノが出来上がってテストの段階に入るときにはこれらマスタが
ある程度形になっていないとならない。
そして、テスト仕様書(設計の段階で準備しておく)をもとに、システムが
意図した通りに動作するか、異常(バグ)はないかをテストする。
最後に、病院スタッフも交えて、実際の運用に当てはめてリハーサルを
実施する。
患者役を決めて、初診患者、再診患者や検査有無、診察有無、薬だけの
患者など複数パターンの患者導線をあらかじめ決めておき、そのパターン数
だけのリハーサルをする。
患者がスムースに流れていくか、システム的な不具合は無いか、患者の流れが
止まってしまうようなところはないか、といったところもチェックする。
病院スタッフの伝達もうまくいくかもチェックする。
システムだけではなく、人が動くかどうかをチェックするのである。
運用を変えずにシステムだけ入れ替える場合は大掛かりなリハーサルは
必要としないが、システム入れ替えに伴い運用も変更する、あるいは
新病院を立ち上げる、病院の建て直しに伴って新しい建屋になる、といった
時は必然的に大掛かりなリハーサルとなる。
外来運用、入院運用に分けて数回実施することも稀ではない。
とまあこういうことをするのがSEなのだが、
自分が主に担務してきた「病院物流管理システム」パッケージの品質は
自社製品(F本体が企画、制作したもの)について言いたくはないのだが
本当に悲惨なものであった。
画面からコード入力しても、レスポンス(反応)が遅いとか。
この時代、ユーザがパソコンになにか指示をしたら1秒以内に反応がないと
ストレスを感じると言われているが、自分が導入担当していた物流管理システムは
コード入力してから画面に商品名が表示されるまで、へたをすれば60秒とか
かかる。
もちろん、機能(画面)によって0.5秒以内でレスポンスがあるものもある。
使う側が、業務をこなしながら画面に向かって操作する時、画面に指示してから
60秒も待てますか?
今日発注しないとならないものを入力して、業者が「今日の発注はどんなのありますか」
って訪問した時、「ちょっと待っててください」といって発注書の出力指示をする。
発注データの件数にもよるが、発注書印刷指示をしてから概ね1分以内には発注書が
印刷されないと遅いと感じるとおもう。
でも、5分経っても10分経っても発注書は印刷されない。
やっと出てきたと思ったら1ページに5明細だけ。
え?5品目しか発注しないのに10分もかかるの?ってなるよね普通。。。
時には数十分も待った挙げ句にエラー表示。
仕方ないので、サーバ(パソコン単体ではなくて、全体を管理している親機)の
再起動が必要です、となり、その再起動の間、病院全体の物流管理システムは止まる。
再起動といったって、パソコンのように数分でできればまだいいが、サーバともなると
10分はかかる。
そうこうしているうちに、ほかの業者も来て発注書出力待ち行列ができる。
こんな光景、普通は無いです。
がしかし、自分が導入していた病院では実際にあった光景です。
では何故すぐに対処できなかったのか。
システムを1から作り上げる、あるいは、システムがパッケージ化されていても、
その内部(プログラム)が現場で導入するSE(フィールドSEと呼ばれる)に公開
されていれば、問題が発生した時にその箇所を特定し、プログラムを修正すること
ができる。
実際に、自分がやっていたもう一つの「健康管理システム」は、パッケージ化されて
いたのだが、プログラムが公開されていたので、なにか問題が発生した場合でも
現場でプログラムを解析し、修正することでその問題を回避することができた。
しかし、最近は特にそうなのだが(電子カルテシステムや医事会計システムも含めて)
プログラムをフィールドSEに公開しないというパターンが多い。
これには理由があって、開発元(F本体)から言わせれば、システムは日々進化して
おり、より良いものにしていかないとならない。このため、開発体制を一本化し、
システムのプログラムも全て管理する必要がある。バージョンアップを行う場合
スムースに適用が可能となるからだ。
もし、安易にフィールドSEが顧客に個別に改造をしてしまった場合、パッケージを
バージョンアップすることが困難になる。
バージョンアップを適用しても顧客固有改造しているとまともに動くかわからない。
ひいては品質低下を招く。こういう言い分だ。
なので、現在では基本的にプログラムの公開はない。
フィールドSEは内部構造を理解しにくいまま、顧客と打ち合わせをすることを
余儀なくされているのが実情である。
よって、「その程度であれば改造も容易であろう」という予測で打ち合わせをすすめる
ことも出来ないのだ。実際に内部構造がわからないので、本当に簡単に改造できるのか
そうでないのか、即座に判断がつかないからである。
そういった場合、開発元に問い合わせをして、どの程度の改造量なのか(コストも
含めて)見積もってもらい、顧客と再度調整が必要となる。
非常に打ち合わせに手間がかかる。
まあ、それは話の本題からずれてしまってるのでどうでもいいのだが、とにかく
自分が担務していた物流管理システムはすこぶる評判が悪かった。
しかもパッケージであるわりに導入コストが高い(実導入を依頼していた、物流システム
に特化していた協力会社の単価が高い。しかも、パッケージの機能が貧弱であるため、
そのままの適用は望めず、だいたいにおいて改造が必要となる。従って改造費がかかる)。
稼働後もレスポンス問題などでなかなか顧客から解放されず、病院での立ち会いを
継続せざるを得なくなる(顧客に縛られる)。
すると他の商談対応が出来なくなる(最初のほうでも書いたが、病院物流システムの
担当SEは全国的に少なく、自社には2名しかいなかった)。
要するに新しい仕事(金)は減る一方で、稼働後の顧客に縛られる(金にならない)。
なので、会社から見れば赤字になるのだ。
病院物流システムは導入すればするだけ赤字になる。
→ならば撤退しよう。
ってことになり、F社製の病院物流システムは新規導入から撤退した形になった
(少なくてもうちの会社では。)
実は、今まで使っていた協力会社にも物流システムパッケージを独自で持っており、
今後のFとしての物流システム商談があった場合は、その協力会社が開発した
パッケージを使うことになったのである。
ということで、自分の担務するシステムが無くなった。
じゃあ健康管理システムに戻ればいい、ということになりそうであるが、そのころ、
健康管理システムは別の部署の管轄となっており、グループメンバーも数名いた
ため、その話はなくなった。
なので、今まで未経験であるWeb系の自社独自開発パッケージのグループに
配属となった。
そこでは病歴管理、病診連携管理、がん登録業務管理などをやった。
そのグループでの協力会社メンバーとの人間関係もうまくいかず(こっちのいうこと
を聞いてくれない)、また、自分が配属前にあった協力会社への負債の責任を
負わされる形となった。
本当にこれは理不尽であった。その当時のW課長(もともと負債を作った張本人)
が、別のグループ(割と潤沢に利益をだしているところ)から工数(要するに
お金)をもらうということで話をすすめていた計画が、いつのまには「もらう」
のではなく「借りた」という形になっていて、さらに負債を負うという形に
なり、どうにもならなくなった。
この計画を言い出した当時のWも知らぬ存ぜぬのような態度をとり、違う
グループに移っていった。
そして、その後自分の上司となった課長がKである(この時課長に昇進した)。
Kは自分と同期入社。が、学卒なので4つ年上なのだが、まず態度がでかい。
そしてネチネチうるさい。言葉が汚い。
まあ、そうはいっても同期のヤツなので、年は4つ上でも普通に話をする
間柄であった。
が、上司になったとたん、自分に対する態度が豹変した。
毎日のように怒鳴られ貶された。
この借金どーすんだよ!こんなんでどうやってグループやってくんだよ!
って。
で、もう病んだ。
そして、宇都宮勤務になった。
宇都宮では電子カルテシステムを担当することになったのだが、
入社以来ずっとサブシステムばかりやってきた自分にとって、いきなり
大きなシステムをやることを重荷と感じてしまい、病んでしまった。
実際にはサボった感だが…
でまた今度は都内の本社勤務となった。
サブシステムの「臨床検査システム」が担当となった。
実は入社してすぐ、このシステムを1年くらいやったことがあったのと、
健康管理システムと密接したシステムなので、業務用語含めて理解しやすかった。
が、ここでも人間関係が…
グループメンバーにやはり上から目線のヤツがいた。
実は、健康管理システムをやっていたときも何度か仕事を手伝ってもらった
ことがあった人なのだが、そのときはそうでもなかった。
中途採用でうちの会社に入ってきたばかりだったというのもあったのかもしれない。
年は自分より幾つか上だが、その時はお互いタメ口で会話していた。
それが、同じグループになるやいなや、その威圧的な態度におどろき、
いつの間にか自分がそいつに敬語を使うようになっていた。
で、また病んだ(というかサボった感)。
というか、ここまで自分を見つめ直してみたら、とても弱い人間に思えてきた。
こんなんじゃどんな職場に行ってもだめかもね。
仕事はしたいんだよ。
お金大事だし、このビンボーから抜け出さないと。
家庭もあるし。
子供も欲しいし。
そういった理由から、というわけじゃなく、仕事は大事。
おもしろい仕事なんてそんなにあるわけじゃない。
みんなそれぞれイヤなこと抱えながら仕事してる。
ってこともわかってる。
でもそれを避けてしまった自分が情けない。
こういうこと考えてると更にネガティブになってくる。
今日はとてもいい天気だ。
外は明るい。
でも心はどうか。
まあ、今日はこれ以上考えても仕方ない。
以上、長文失礼しました。
今の仕事を始めて22年が経過した。
入社してずっと医療系のSEをやってきた。
そもそも、工業高校に入って情報系を専攻していた。
なので、必然的にシステムエンジニア、プログラマの道が開けていた。
入社したころ「健康管理システム」の担当となった。
顧客の前でシステムの説明やデモンストレーションをやるという日々。
それまでSEとはプログラムを書くことが主な仕事と思っていた自分は
正直違和感を感じた。
人前で話すことは得意ではない。むしろ苦手なほうだ。
でも、客先でのデモや展示会などでの説明会などもこなすことができる
ようになってきた。
当時の医療系システムの花形は「医事会計システム」だった。
同期で同じ部署に配属となったみんなも医事会計システムが担当となった。
自分だけが健康管理システムというサブ系のシステムを担当した。
数年経ち、時代はオーダリングシステム、そして電子カルテシステムが
花形となった。もちろん医事会計システムも主要なシステムであることに
間違いはなかった。
そんな中、自分は「病院内物流管理システム」を担当するようになっていた。
これもサブシステムである。
花形のシステムはそれを担当するSEも多くそれなりのグループで構成され
後輩もどんどん付いた。
しかし、自分のようなサブシステムを担当していると、後輩もなかなか
つかず、なんとなく孤立した感じとなっていた。
病院システム導入プロジェクトの1構成メンバーとしてプロジェクトに参加
することも多くなっていた。
サブシステムだけを単独で導入するということはほぼ皆無であり、
電子カルテシステムを筆頭に、医事会計システム、手術管理システム、
臨床検査システム、放射線画像診断システム、物流システム、といった
サブシステムを抱き合わせて導入するという方式が一般的となった。
FグループのSE会社で病院物流システムを主担当としているSEはほとんど
おらず、特に東日本の物流システム商談ではだいたい声がかかるほどに
なっていた。
もちろん、一人で導入することなどは出来ないので、物流システムに特化した
協力会社の社員を使って導入作業をしていた。
したがって、病院システム導入プロジェクトの1構成メンバーであると同時に
協力会社メンバーを使っていくという感じである。
昔のシステム導入は、顧客と打ち合わせをして仕様を決め、システム設計を
してプログラミングし、テストをして仕様通りに動作するかを確認し、納品する
といったスタイルであった。要するに顧客の希望する通りのものを1から
作っていくという方法である。
だが、近年ではシステムをパッケージ化し、基本的にはノンカスタマイズで
納品するという方式に変化した。
このほうが、品質は担保されるし導入期間も短納期ですむ。したがって、
コストも抑えられるわけである。
しかし実際はそうも行かないのが実情である。
出来上がっているシステムに合わせて病院内の運用を合わせないと
ならないからである。
病院内の運用は全ての病院ががまったく同じというわけではない。似て非なる
ものである。
患者が来院して受付をする方法。受付後にどのように患者を動かすか(導線)。
検査と診察の方法。
入院時、退院時の手続きの方法…
あげると切りがないが、細かいところで病院毎に運用は異なる。
なので、出来合いのパッケージ化されたシステムをそのまま適用し、
はい、これで使ってください、とは行かないのである。
ではどうするか。
結局は以下のような工程(フェーズ)に従って導入作業をすすめることになる。
もちろん、病院予算にもよるので、それぞれのフェーズにかける期間や深さは
異なるが。
①基本設計(運用設計)
②詳細設計(システム設計)
③プログラム設計(昔のように1からモノ作りするわけではないが、パッケージ化
されたシステムの一部を運用に合わせて作り直す、あるいは改造するといった
ことが少なからず発生する。その改造部分のPG設計を含む)
④プログラミング(主に改造部分)
⑤プログラムテスト(単体レベルのテスト)
⑥結合テスト(システムに組み込んでのテスト)
⑦システムテスト(システム全体のテスト)
⑧運用テスト(運用を想定してのテスト、リハーサル)
リリース
これらの工程を経て実際に運用開始となるわけだが、特に基本設計~詳細設計
については顧客との打ち合わせがメインとなり、
まずパッケージの説明をする。システム全体の説明、画面構成の説明、
運用の場面毎に、システムではどういった機能をどうやって使うかと
いった説明など。
具体的には一般的な病院運用フロー(流れ図)をもとにそれぞれの場面で
どういった画面をどうやって使うのかをデモしながら説明する。
そこで、運用フローと顧客の運用の相違点を見つけ出し、その相違点を
システムでどうカバーするか(運用でカバーできるのか、システムを改良
しないとならないのか)を検討する。
顧客予算もあるので、なんでもかんでも改造するわけにもいかない(コスト
増となるため)。そういった時にどのように対応していくかという代替案を
提示する、といった駆け引きもある。
つぎに、改造が必要となった場合、改造設計が必要である。
その改造をすることによって顧客の要望を満たすことができるかどうかを
判断し、顧客予算に収まるかも判断が必要となる。
また、設計自体をSEがすることもあるが、協力会社に依頼することもある。
プログラミング作業は大抵協力会社に依頼することが多いので、必然的に
設計まで依頼するほうが多い。
協力会社の担当者が仕様通りに設計をしたかをレビューすることも必要と
なる。
また、この間に顧客とのマスタ設定作業も発生する。
マスタとは、システムを動かす為の設定値のようなものである。
また、病院物流システムにおいて言えば、物品マスタといったものが
ある。
商品の名称や規格、包装容量などといった基本情報をコード化すること
である。
コード化することによって、他システム(電子カルテシステムや医事会計
システムなど)と連携を容易にすることが出来る為である。
実際にモノが出来上がってテストの段階に入るときにはこれらマスタが
ある程度形になっていないとならない。
そして、テスト仕様書(設計の段階で準備しておく)をもとに、システムが
意図した通りに動作するか、異常(バグ)はないかをテストする。
最後に、病院スタッフも交えて、実際の運用に当てはめてリハーサルを
実施する。
患者役を決めて、初診患者、再診患者や検査有無、診察有無、薬だけの
患者など複数パターンの患者導線をあらかじめ決めておき、そのパターン数
だけのリハーサルをする。
患者がスムースに流れていくか、システム的な不具合は無いか、患者の流れが
止まってしまうようなところはないか、といったところもチェックする。
病院スタッフの伝達もうまくいくかもチェックする。
システムだけではなく、人が動くかどうかをチェックするのである。
運用を変えずにシステムだけ入れ替える場合は大掛かりなリハーサルは
必要としないが、システム入れ替えに伴い運用も変更する、あるいは
新病院を立ち上げる、病院の建て直しに伴って新しい建屋になる、といった
時は必然的に大掛かりなリハーサルとなる。
外来運用、入院運用に分けて数回実施することも稀ではない。
とまあこういうことをするのがSEなのだが、
自分が主に担務してきた「病院物流管理システム」パッケージの品質は
自社製品(F本体が企画、制作したもの)について言いたくはないのだが
本当に悲惨なものであった。
画面からコード入力しても、レスポンス(反応)が遅いとか。
この時代、ユーザがパソコンになにか指示をしたら1秒以内に反応がないと
ストレスを感じると言われているが、自分が導入担当していた物流管理システムは
コード入力してから画面に商品名が表示されるまで、へたをすれば60秒とか
かかる。
もちろん、機能(画面)によって0.5秒以内でレスポンスがあるものもある。
使う側が、業務をこなしながら画面に向かって操作する時、画面に指示してから
60秒も待てますか?
今日発注しないとならないものを入力して、業者が「今日の発注はどんなのありますか」
って訪問した時、「ちょっと待っててください」といって発注書の出力指示をする。
発注データの件数にもよるが、発注書印刷指示をしてから概ね1分以内には発注書が
印刷されないと遅いと感じるとおもう。
でも、5分経っても10分経っても発注書は印刷されない。
やっと出てきたと思ったら1ページに5明細だけ。
え?5品目しか発注しないのに10分もかかるの?ってなるよね普通。。。
時には数十分も待った挙げ句にエラー表示。
仕方ないので、サーバ(パソコン単体ではなくて、全体を管理している親機)の
再起動が必要です、となり、その再起動の間、病院全体の物流管理システムは止まる。
再起動といったって、パソコンのように数分でできればまだいいが、サーバともなると
10分はかかる。
そうこうしているうちに、ほかの業者も来て発注書出力待ち行列ができる。
こんな光景、普通は無いです。
がしかし、自分が導入していた病院では実際にあった光景です。
では何故すぐに対処できなかったのか。
システムを1から作り上げる、あるいは、システムがパッケージ化されていても、
その内部(プログラム)が現場で導入するSE(フィールドSEと呼ばれる)に公開
されていれば、問題が発生した時にその箇所を特定し、プログラムを修正すること
ができる。
実際に、自分がやっていたもう一つの「健康管理システム」は、パッケージ化されて
いたのだが、プログラムが公開されていたので、なにか問題が発生した場合でも
現場でプログラムを解析し、修正することでその問題を回避することができた。
しかし、最近は特にそうなのだが(電子カルテシステムや医事会計システムも含めて)
プログラムをフィールドSEに公開しないというパターンが多い。
これには理由があって、開発元(F本体)から言わせれば、システムは日々進化して
おり、より良いものにしていかないとならない。このため、開発体制を一本化し、
システムのプログラムも全て管理する必要がある。バージョンアップを行う場合
スムースに適用が可能となるからだ。
もし、安易にフィールドSEが顧客に個別に改造をしてしまった場合、パッケージを
バージョンアップすることが困難になる。
バージョンアップを適用しても顧客固有改造しているとまともに動くかわからない。
ひいては品質低下を招く。こういう言い分だ。
なので、現在では基本的にプログラムの公開はない。
フィールドSEは内部構造を理解しにくいまま、顧客と打ち合わせをすることを
余儀なくされているのが実情である。
よって、「その程度であれば改造も容易であろう」という予測で打ち合わせをすすめる
ことも出来ないのだ。実際に内部構造がわからないので、本当に簡単に改造できるのか
そうでないのか、即座に判断がつかないからである。
そういった場合、開発元に問い合わせをして、どの程度の改造量なのか(コストも
含めて)見積もってもらい、顧客と再度調整が必要となる。
非常に打ち合わせに手間がかかる。
まあ、それは話の本題からずれてしまってるのでどうでもいいのだが、とにかく
自分が担務していた物流管理システムはすこぶる評判が悪かった。
しかもパッケージであるわりに導入コストが高い(実導入を依頼していた、物流システム
に特化していた協力会社の単価が高い。しかも、パッケージの機能が貧弱であるため、
そのままの適用は望めず、だいたいにおいて改造が必要となる。従って改造費がかかる)。
稼働後もレスポンス問題などでなかなか顧客から解放されず、病院での立ち会いを
継続せざるを得なくなる(顧客に縛られる)。
すると他の商談対応が出来なくなる(最初のほうでも書いたが、病院物流システムの
担当SEは全国的に少なく、自社には2名しかいなかった)。
要するに新しい仕事(金)は減る一方で、稼働後の顧客に縛られる(金にならない)。
なので、会社から見れば赤字になるのだ。
病院物流システムは導入すればするだけ赤字になる。
→ならば撤退しよう。
ってことになり、F社製の病院物流システムは新規導入から撤退した形になった
(少なくてもうちの会社では。)
実は、今まで使っていた協力会社にも物流システムパッケージを独自で持っており、
今後のFとしての物流システム商談があった場合は、その協力会社が開発した
パッケージを使うことになったのである。
ということで、自分の担務するシステムが無くなった。
じゃあ健康管理システムに戻ればいい、ということになりそうであるが、そのころ、
健康管理システムは別の部署の管轄となっており、グループメンバーも数名いた
ため、その話はなくなった。
なので、今まで未経験であるWeb系の自社独自開発パッケージのグループに
配属となった。
そこでは病歴管理、病診連携管理、がん登録業務管理などをやった。
そのグループでの協力会社メンバーとの人間関係もうまくいかず(こっちのいうこと
を聞いてくれない)、また、自分が配属前にあった協力会社への負債の責任を
負わされる形となった。
本当にこれは理不尽であった。その当時のW課長(もともと負債を作った張本人)
が、別のグループ(割と潤沢に利益をだしているところ)から工数(要するに
お金)をもらうということで話をすすめていた計画が、いつのまには「もらう」
のではなく「借りた」という形になっていて、さらに負債を負うという形に
なり、どうにもならなくなった。
この計画を言い出した当時のWも知らぬ存ぜぬのような態度をとり、違う
グループに移っていった。
そして、その後自分の上司となった課長がKである(この時課長に昇進した)。
Kは自分と同期入社。が、学卒なので4つ年上なのだが、まず態度がでかい。
そしてネチネチうるさい。言葉が汚い。
まあ、そうはいっても同期のヤツなので、年は4つ上でも普通に話をする
間柄であった。
が、上司になったとたん、自分に対する態度が豹変した。
毎日のように怒鳴られ貶された。
この借金どーすんだよ!こんなんでどうやってグループやってくんだよ!
って。
で、もう病んだ。
そして、宇都宮勤務になった。
宇都宮では電子カルテシステムを担当することになったのだが、
入社以来ずっとサブシステムばかりやってきた自分にとって、いきなり
大きなシステムをやることを重荷と感じてしまい、病んでしまった。
実際にはサボった感だが…
でまた今度は都内の本社勤務となった。
サブシステムの「臨床検査システム」が担当となった。
実は入社してすぐ、このシステムを1年くらいやったことがあったのと、
健康管理システムと密接したシステムなので、業務用語含めて理解しやすかった。
が、ここでも人間関係が…
グループメンバーにやはり上から目線のヤツがいた。
実は、健康管理システムをやっていたときも何度か仕事を手伝ってもらった
ことがあった人なのだが、そのときはそうでもなかった。
中途採用でうちの会社に入ってきたばかりだったというのもあったのかもしれない。
年は自分より幾つか上だが、その時はお互いタメ口で会話していた。
それが、同じグループになるやいなや、その威圧的な態度におどろき、
いつの間にか自分がそいつに敬語を使うようになっていた。
で、また病んだ(というかサボった感)。
というか、ここまで自分を見つめ直してみたら、とても弱い人間に思えてきた。
こんなんじゃどんな職場に行ってもだめかもね。
仕事はしたいんだよ。
お金大事だし、このビンボーから抜け出さないと。
家庭もあるし。
子供も欲しいし。
そういった理由から、というわけじゃなく、仕事は大事。
おもしろい仕事なんてそんなにあるわけじゃない。
みんなそれぞれイヤなこと抱えながら仕事してる。
ってこともわかってる。
でもそれを避けてしまった自分が情けない。
こういうこと考えてると更にネガティブになってくる。
今日はとてもいい天気だ。
外は明るい。
でも心はどうか。
まあ、今日はこれ以上考えても仕方ない。
以上、長文失礼しました。
