善哉が……しゅ、しゅっけ……?


実子のいない実朝と親子関係を結んで、4代目の鎌倉殿として武芸を磨くのではなくて……??


善哉、改めて公暁。

鎌倉に戻った暁には鶴岡八幡宮別当のポストが用意されている。


え……?

じゃあなんで実朝の猶子になったん……??


あの時点ですでに実朝─後鳥羽上皇の親交をもって4代目鎌倉殿には上皇の子が送られることが決まっていたの……?


いやいやいやいやそれとも出家したからといって4代目鎌倉殿レースに落ちたわけではない……?


そこら辺がちょっとよく分からなかった第39回の終わり。


京に発つ公暁を廊下の隅から見送る三浦義村の怪しさといったら、米粒を付けた手を床について頭を下げながら『縫い物をしていました』と嘘をついたのえさんばりに怪しかった。


ここに来て三浦義村、北条への鬱憤がかなり溜まっていると見て取れる。


鎌倉を揺るがす大事件まで三浦義村が何を見て何を思い、鎌倉に戻ってきた公暁にどう接するのか。


いや〜山本耕史さんは怪しい役が実にお似合いだ。



 

しゃねとも……(泣)


てぃよ……(泣)


世継ぎを産むことを望まれながら実朝と床を共にさえ出来ない千世の悲哀や孤独、疎外感、諦念……


正室が『側室をもってください』と言うことの辛さよ。


『三年子なきは去れ』という言葉が日本でどれくらい昔から言われているのかよく知らないが、千世も周囲からの強いプレッシャーがあっただろうなぁ。


そしてそれはもちろん、実朝自身も感じていたプレッシャー。


抱けない。

抱かれない。


実朝は秘密を打ち明け、千世は受け入れ、お互いを尊重し合う抱擁は美しかった……。


男女の仲にはなれなくても、あの2人は互いを思いやれる素敵な夫婦だなぁと思った印象深いシーンだった。


そうそう。

実朝の和歌で好きなものがもう1つ。


物いはぬ 四方の獣 すらだにも 

あはれなるかなや 親の子を思ふ

『金槐和歌集』


話すことのできない、この世のどんな獣でも、

親が子を思う気持ちがあることって心動かされるよなあ


実子のいない実朝が、何を見て、何を思って詠んだのか。


それは猶子とした公暁を思ってのことなのか。

御家人の親子のうち、誰かを見て思ったのか。

今では話すことのできない、死んだ父・頼朝を思ったのか。

文字そのままに、獣の親子を見て思ったのか。


繊細で、自身が鎌倉殿であることの価値に思い悩む若き実朝。


誰にも心を開けなかった彼が、千世に秘密を打ち明け心を開いたことで今後何かが変わるのか。


来週も楽しみ(毎週言ってる気がする)。