私の写真の先生・テラウチマサトさんは、写真誌『PHaT PHOTO』(以下P*P)の編集長でもあります。

 その『P*P』、今年の11月20日で、創刊7周年です♪♪♪

 創刊の年の1月から写真教室に通い始めていたのだけど、しばらくして、テラウチさんから教室のみんなへ「今度、まったく新しい写真誌を創刊することになりました」というお話がありました。
 写真教室の帰りには、みんなでご飯を食べに行くのが恒例だったけど、そこでも、何度となくお話を聞きました。新しい写真誌に対して語っていたテラウチさん。今でも、その時の熱意に満ちた様子を思い出すことができます。

 いっぱい語って下さった中で、興味深かったのは、写真誌の名前。
「"ファットフォト"にしようと思うんだ」っておっしゃった時の様子は、すでに決めている人の確信のようなものと、ちょっとの不安が同居しているように見えました(ちなみに、"ファット"って、"Pretty Hot and Tempting"の略で、"Cool"と同義語のスラング。"とってもホットで魅力的"という意味です)。
 また、「紙面になにを期待するか、ついては、読者層にあたるみんなの意見も聞かせてほしい」というような話も出て、夏のある日、渋谷の編集学校に集まって、そこの生徒さんたちと合同での話合いなどもありました。

 記念すべき第1号が発売される日、ドギドキしながら本屋さんでさがした。発行部数も少なくて、どこの本屋さんでも売っているわけではなくて。また、売っていたとしても、入荷部数が少ないから、ある意味、貴重な一冊でした。
 その後しばらく、発売の度に、写真教室の生徒たちが「宣伝マン」となりました。その方法はといえば、もう、とっても・・・ある意味、ゲリラ。
 本屋さんで「"ファットフォト"ありますか?」と聞く。あちこちの本屋さんで聞きまくる。店員さんに「は?」とか言われるけど、「え? 知らないの?」というような眼差しになり、残念そうにする。入荷してなきゃハズカシイ、くらいに思ってもらえるように・・・。店員さんに書名を覚えてもらう、というものでした。
 また、取り扱っているお店があれば、同じ日に発売の、名だたる写真誌より目立つように並べ替えちゃったり、とか・・・。

 そんな『P*P』も7周年なんですね。知名度もグッと上がり、そのエッセンスに共感する人が増えました。
 紙面には、写真を楽しむこととともに、なにかとても大きな、でも、押しつけのないテーマやメッセージを感じます。
 編集部の方も、入れ替わりつつも、ステキな方ばかり。写真に関して、また、人に対して、どなたも温かいのです。

 なんか、ひと言に7年って言っても、平坦ではなかったですよね・・・。私にとっても、とてもいろんなことがあった7年間。なんか、ダブります・・・。ちょっと感慨。
 『P*P』のファンとしては、ターゲット層の年代を大幅に越えていて、それが時々はずかしかったりするけど、ずうっと読み続けていきたいです。

 写真を撮る人はもちろん、なにかを表現したい人、伝えたいことがあるけど、なにから始めたらいいかわからない人などなどへ。ぜひ1度読んでみて下さいな。きっと、さりげな~く、いっぱいヒントが隠れていますよ。
 


 今月末、7周年のイベントがあります。なんだか楽しそう♪
 若手写真家さんのトークや、フォトコンテスト(公開審査という、ちょっとドキドキしそうなイベント)もあるそうです。
 コンテストって、私は今まであんまり関心がなかったけど、今回は応募してみるつもりデス。写真を撮っている方、結果に関わらず、楽しく応募してみませんか?

☆詳しくは、PHaT PHOTO LOUNGEへ。
 毎度お馴染み、吉祥寺のバウスシアターで、『ロンドン・コーリング ザ・ライフ・オブ・ジョーストラマー』を観てきました(原題は『JOE STRUMMER:THE FUTURE IS UNWRITTEN』)。

 感動した!
 でも・・・。
 本人や周囲の人へのインタビューで、グッとくる言葉がいくつかあったのに、いつものことながら、全然覚えていられませんでしたぁ・・・。


 
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 どんな子供時代で、どうして音楽を志し、どんなふうにその世界に入り、その中でどう過ごしていたのか。そういうことが、多くのステージの映像や、関係者へのインタビューで明らかにされていく。

 ジョー・ストラマーの、魂に触れたような気がした。
 彼の・・・
 なんというのかな・・・
 「世界観」とでもいうのかな?
 それがググッと伝わってきた。

 何に対して抵抗し、何に対して誠実だったのか。何を壊したくて、何を大切にした人だったのか。
 それらの間で、また、プレイし続けることや、そこから降りること、再びそこに戻ることに、「自分とは何か」ということに、どれだけ悩み、迷い、自信を失ったりしていたのか。
 そして、「生きる」ということに、なんて真摯に向き合っていた人であったことか・・・。
 そんなこんなを、音楽とともに堪能しました。


 ここ暫くの間、私自身が考えていたことや、読んでいた本、見たり聞いたりした様々なことなどと、絶妙にシンクロして、心が上向きになって、楽になって、ちょっぴりホロッとしちゃいました。


 吉祥寺バウスシアターで、金曜日までです。 
 
 
 ひとつ前のエントリーで書いた、免許取得の頃のお話です。

 当時の私は、すでに(全然立派じゃないけど)大人だったけれど、日本のロックにハマっていました。
 思い出したら可笑しいけれど、「このトシになって、まだロックなんて聴いてていいんだろうか?」とかなんとかグルグル悩んでた。テーマは違っても、今とあんまり変わらない、いつもなにかに迷ってる人だったみたいデス。

 だいたい、28才になる自分を想像できたことがなかった。それはなぜかと言えば、ジャニスとかジミヘンとかジム・モリソンとか、みーんな27才で亡くなっていたから。
 ものごとを増幅して受け取っちゃうタイプなので、十代の頃から、「私もその年齢で死ぬんだ」と固く信じてた。その先の人生なんて想像できなかった。

 のにのにのに!
 全然死ななかったんだもの!!
 とってもアセりました!

 それどころか、勤め先のいつも面倒みてくれたワーキング・マザーの先輩に、「まゆみちゃんは体が弱いけど、今しっかり体質改善しておかなきゃね♪」って言われて、その言葉がなんだか心にストライクで、生きるためには体が資本なんだ! って痛感しちゃって。

 なんだけど・・・。
 心と体と社会との関わりと、全然バランスがとれなくて、とてもとても苦しかった。

 で、どういう理論か、「ロックなんか聴いてる場合じゃない! 大人にならなきゃ! 地に足を着けなきゃ!」とか悩んでた。でも、ずうっとロックが好きだったから、それなしの自分なんて考えられなかった。捨てようとして、捨てられなかった。

 そのうえ日本のバンドにもカッコいいバントがいて、もう、ミーハー魂にガマンはムリでした~。「やっぱ好き! 大人だってロックを聴くのだ!」って、開き直ったワケです。それが1986年(免許取得の前年)頃だったかな?
 当時、とにかく好きだったのが "The Mods" "The Street Sliders" "Red Warriors" でした。


 20日、Red Warriorsの再結成ライヴに行きました。
 ものすごぉ~くHAPPYな夜だった。たぶん、今年一番HAPPY。
 その感想も、ゆっくり書いてみたいです。



Red Warriors
『LESSON 1』


Lesson1


 今年は免許の書き換えの年でした。書き換えに行った時、新しい免許証を受け取り、建物の外に出て、ふと気付いた。
 免許をとって、今年で丸20年だ!?
 誕生日の直後に教習所を卒業して、それから本試験で免許取得だったから、時期的にも同じ頃。マジ丸20年。これってけっこう感慨深いかも・・・。


 初めて免許証を手にした日は嬉しくて。その日の夜に、父の車でドライブした。すっごい土砂降りの夜だったのに・・・。
 青梅街道だけはわかったけど、その他の道は、「自分で走る」道としては、まるっきりわかってなかった。なのに、探検したい気分になって、横道に入っちゃった。ちょー無謀!
 マニュアル車だったけど、当然、坂道発進ができない。なのに、上り坂の頂上付近の赤信号。決死の覚悟で、サイドブレーキを引き、アクセルとクラッチをつないで。なんとかその先の大きな道に出られたけど、なんかヘン。立体交差になっていて、そこに信号がないのはいいけれど、行きたい道に曲がれない。後にして思えば、急な坂は初台辺りの裏道で、その大きな道は山手通りだったのだけど・・・。
 その道が環状道路であることや、立体交差と側道の関係とか、まるで理解できてなくて。運転しながら必死に考えて、その構造をなんとか理解できたけど、側道への車線変更ができない。しかも土砂降り・・・って・・・。
 「命知らず」って、私のための言葉?


 免許をとった年の前後は、私にとっては、とても苦しい時期で、やがて大きな転機がやってくるのだけど、ものすご~くジタバタしてた時期でした。
 そのジタバタに、拍車をかけ、同時に覚悟を決めて対峙させてくれたもの。それが、車の運転とロックだったかも。
 そんな話も、ぼちぼち書いていきたいです。 
 昨年の今頃も書いたけれど、うちの庭の朝顔は遅咲き。何年か前に父が種を買って(もらって?)来てまいて、その年は花がほとんど咲かなかった。けれど、その少ない種をとり、父は毎年種をまきました。
 それが、昨年からけっこう咲くようになった。でも、たぶん植え方のせい? 暑い盛りには、ただただ葉っぱだけが繁って、花が咲くまでに時間がかかる。咲き始めるのは8月の終わり頃で、9月に入ってから次々に咲いてゆく。なんだか "うちらしい" 気がして・・・。
 「遅れて咲いた」と見るのは人間の考えで、花はただただ咲くだけ。「周囲の評価など気にしなくていいのよ。好きなように、咲きたいように咲いてね」って、まるで私に教えてくれているようです。父が育てていることも、私にはとても意味深くて。
 どうしようもなく沈んでしまう時、朝顔を思う。この年齢になっても、できないことだらけの私だけど、花開き、実を結ぶ、きっとそんな時が来るって信じて、今を乗り越えていこうと・・・。そんな気持ちにさせてくれる、父からの声なき伝言のようでもある、うちの朝顔なのです。



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