今日は、忌野清志郎さんの命日。仏教式でいえば、三回忌ですね。


昨年の今日は、ひとりで国立に行ったよ。
路地裏や公園を巡り、多摩蘭坂をゆっくりと往復して、坂の途中の小さなカフェでお茶を飲んだ。
私なりにキヨシローを偲び、悲しみの中に日常が戻ってくる、ゆるやかな区切りの日だった。

では、今年は・・・?
3月の大地震と原発事故。日本は様相を変えてしまった。
この間に反原発の勢いは強くなり、キヨシローの歌が、インターネットのあちこちでつぶやかれた。


キヨシローの歌って、歌詞の表面だけを追っていたら、見落としてしまうことがあるように思う。
なにかに対して批判をすることや正誤に囚われたら、見つけられない花のようだ。
対立するもの、あちら側とかこちら側とかじゃなく・・・。
キヨシローの歌の、奥の奥に息づいている遺伝情報みたいなもの、それは、人を分け隔ててはいない、そんな気がするんだ。

すべての人が、それぞれのフィールドで勇気をだしたら、どんな世界が創れるんだろう?
私は私の勇気を掘り起こし、その小さな一片を、世界に対して提出しよう。
そして、誰かの同じ行為を、信じ応援できる人でありたい。


三回忌の今日、忌野清志郎さんの『空がまた暗くなる』から、そんなことを思いました。









おとなだろ 勇気をだせよ
おとなだろ 知ってることが
誰にも言えないことばかりじゃ
空がまた 暗くなる

ああ 子供の頃のように
さあ 勇気をだすのさ
きっと 道に迷わずに
君の家にたどりつけるさ





『空がまた暗くなる』
作詞・作曲 忌野清志郎

歌詞はこちら

平間至さんは、好きな写真家のひとりです。写真館を営むご実家は宮城県の塩竈市。市内の被災状況は厳しいようで心配をしていました。
平間さんは、地震発生直後から、物資調達から現地への配送まで、ご自身と関係者の方で精力的に動かれていたようです。

そのさなかに、平間さんの愛猫「ミーちゃん」が天国へ旅立ったことを知りました。
ミーちゃんは、もと捨て猫。平間さんに拾われ、何冊かの写真集も発行され、ファンも多かった。私もミーちゃんが大好きでした。

「なぜこのタイミングで?」と思わざるを得ないような形で、人は誰かと別れることがある、ということ、私にも経験があります。
そして、逝ってしまった魂が、生きてゆく者に、止むことなくエネルギーを送り続けてくれることも知っています。

平間さんの日記を読んで、少しだけ泣いてしまった。そして、ミーちゃん「ありがとう」を伝えました。



ー ー ー ー ー

以下、平間至さんのHPから転載させて頂きます。著作権のことは、ごめんなさい。
写真は、平間さん撮影の写真集です。アマゾンから。



ミーちゃんが2011年3月29日の朝に旅立ちました。

ここ数年で体調を崩していましたが、
苦しむこともなく、とても安らかに天に昇っていきました。

ミーちゃんは僕のことが心配で心配で
しかたなかったみたいです。

亡くなった朝も、福島県いわき市に
物資を届けに行くため、浅草を出発した瞬間でした。

「家に戻るのを待っていられない。
心配だから、ついて行くニャン」と、
肉体からたましいが抜け、
僕のもとへ来てくれたようです。

ミーちゃんは僕に、
愛することは何なのかを教えてくれました。

この愛をできるだけたくさんの人々に
届けられるような生き方をしていきたいと思います。

たくさんのミーちゃんファンの皆さん、
本当にありがとうございました。

ミーちゃんの身体はなくなりましたが、
みんなの心にはずっとミーちゃんがいます。

ミーちゃんのように、愛に生きたい


http://www.itarujet.com/





$o:sha:berry-捨て猫ミーちゃん





o:sha:berry-ミーちゃん四種





o:sha:berry-ミーちゃんといっしょ






o:sha:berry-ミーちゃん二種





o:sha:berry-アイ・ラブ・ミーちゃん
反原発・脱原発の機運が高まってる。
それに連動するように取り上げられる、
忌野清志郎さん(キヨシロー)の曲。

『サマータイムブルース』を始めとした、
社会的なメッセージの込められた数々の曲が、
ネット上の様々な場所で、つぶやかれ再生されているよ。

それら数々の曲は、
まるで今の状況を見透かしていたかのよう。
でも・・・

原発のあまりに厳しい状況と、
なにより被災した方々の暮らしと再生を思う時、
キヨシローのこの曲を思い出すのです。







いい時も悪い日も とても愛しい君を
僕はずっと見てるよ そばで

泣いたり笑ったり とても忙しい君を
僕はずっと見てるよ そばで ずっと



『仕草』
作詞・作曲/忌野清志郎・三宅伸治
歌詞はこちら



ー ー ー ー ー

4月2日は、キヨシローの誕生日でした。
全国各地でイベントが開かれたようです。
私もね、吉祥寺のライヴハウスに行ってきましたよ。

「忌野清志郎 生誕祭」と名付けられたライヴ、
とてもとても素晴らしい夜でした。
その時に撮った写真と感想はね、なぜだかこちらに。
山川健一さんのブログ 『イージーゴーイング』


忌野清志郎さん、今年は生誕60年です。
おめでとう、キヨシロー。
あなたが生まれてくれて、どうもありがとう。

東北関東大震災から、明日で2週間。

私の住んでいる街では、ガソリンスタンドやスーパーなどで、長蛇の列が解消されつつあるように見えます。その一方で、福島原発の予断を許さない状況は続き、広範にわたる被災地での救援・支援活動は続いてる・・・。

この2週間で、被災地から離れた場所に住んでいる人は、「すぐできること」として、募金をした人も多いのではないかな?
どんな組織(窓口)を通して募金し、それが何に(誰に)対して使われるのか。これって重要だと、私は思う。継続して注目し、応援したいと思える活動に募金したいと思うのです。

そこで。
ガッツがあり、小さいけど、スケールのでっかい活動をしている、こんなグループに託してみるよ。
あなたも、よかったらHPでチェックして、ピン!ときたら、参加してみて!


特定非営利活動法人 ゆめ風基金

阪神淡路大震災で被災した障害者に対する継続的な支援と、日本国内や世界各国での災害時緊急支援、という活動をしている特定非営利活動法人。

http://yumekaze.in.coocan.jp/index.htm
NHK大河『江』

脚本の田渕久美子さんは、私の整体の恩師・岡島瑞徳先生(故人)が、
スマトラ島沖津波から奇跡の生還を遂げた後に再婚した方です。

それを知って見ると、脚色やセリフの持つ意味を、
より深く感じられるようになると思う。

田渕久美子さんは、2008年の大河『篤姫』の脚本も担当。
まさにこの放送中に、岡島先生が亡くなった。

脚本執筆中(本放送の中盤まで)は、
岡島先生は様々なアドバイスと整体的ケアで田渕さんをサポートし、
後半は病いに伏し、執筆完了後(本放送残り2ヶ月)に旅立たれた。

『篤姫』の随所に、整体的な世界観があるように感じてた。
「整体的な世界観」って、説明するのは難しいけど、
「圧倒的なまでの肯定」とでも言えばいいのか・・・。

そして、『江』。
おそらく、『江』を通して田渕さんが表現しようとしているのは、
史実に沿っているかどうかや、個々のエピソードを超えた世界。

どん底の、そのまた底を突き破るほどの、
救われようもないと見える、変わり果てた世界のその先に、
自発的に回復しようとする力が内在してる。
それを知っているのが、整体的な世界に生きる者だ。


田渕さんは、それを表現しようと、
渾身の力で書いているのだと、私には感じられる。

大きな大きな励ましを感じる。
今のタイミングで放送されること、意味を感じずにはいられない。