長い間お休みしていたフラのレッスンを、ちょっと前に再開しました。
教室では、ちょうどフェスティバルに向けた練習の真っ最中。半年前に新設されたというクラスでは、十数名のフラガールたちが、真剣に練習に取り組んでいました。
みんな半年前にフラを学び始めたばかり。この間に3曲を練習したそうで、衣装も揃えてフェスティバルに臨みます。
フェス前のこの時期・このタイミングでの編入は、ふつうなら難しいと思うけど、先生も、みんなも、温かく迎えてくれて。私はこのフェスにダンスで参加はしないけれど、練習では一緒に踊っています。
ブランクの間に忘れてしまったかと思っていたステップも、なんとか身体に思い出させつつ、みんなと一緒に踊る。4回目くらいで、場の空気感というのか、その波のようなものに便乗させてもらって、細かい動作は別として、踊れるようになってきた。
細かい動作が「できていない」と気になると、そこから先に進めなかった、かつての私。だから今回、そんな自分に驚いてたりして。
アウアナ(モダンフラ)の、『プア オレナ』という曲で踊るのが、とっても好き。
それは、どこか南の、ミントブルーの、透き通った、生ぬるい海の中。その、ぬめりやうねりの中を、ただ漂っている感覚・・・。やがて海は音となり、その音(歌詞も含めて)の意味が、私(たち)を媒体として表現される・・・。
それがフラ・・・みたいな? そんな感じ・・・。
なんだか、いっぱい気付くことがあって、かなり揺さぶられます。
それは、踊りのレッスンであるのと同時に、自分の中にこびりついていた、すでに古くなってフィットしなくなった感情を浮上させ、手放すレッスンでもあるようです。
身体という不自由な器に宿ってしまった落胆、そして、身体があるからこそ表現できる快楽。魂に与えられた、たかだか80年の中の一瞬。ちょっぴり苦しくも愛しい、フラガールへの道です。
今週末、定員650人くらいのホールに、入りきれないほどお客様がいらっしゃるらしいフェスティバルが開催されます(フラ・フラメンコ・サルサ・ベリーの各ダンスが、約3時間にわたり披露される)。
先週、会場でのゲネプロっていうの?通しのリハが行われました。それを見に行き、思わずウルウル。みんなシロウトだけど、テクニックじゃない、それを超越した「何か」が溢れ出していた・・・ような気がした。そして、その溢れ出たものが、もう一度各人に戻りチームとして調和すれば、その時、テクニックを含めた「表現力」となる気がしました。
で、私は、なんとそのフェスティバルのナレーターの大役を頂きました。各演目と、それぞれの出演者の名前を読み上げるのだけど、ナレーションって、出演者のモチベーションを左右するほど大切な要素・・・。ひとつの演目の、それがスタートの合図といっても過言ではなく・・・。
来年はフラガールとして(!)参加することになると思うので、ナレーター参加は、たぶん最初で最後。今週は、ナレーター練習週間でした。本番当日、がんばります。
世界中で、日本中で、個人的にも・・・いろんなことが起こっていて、苦しいこともあるけれど・・・。
こんな時こそ、個人が幸福に生きる(生きようとする)ことを大切にしたい。自分の心の平安を、自分で作り出したい。その方法や在り方は、多種多様であってよいハズで・・・。
自分の現場で、正直に、誠実に、謙虚に生きたいと、切実に思う日々です。
★またもや、すっごく長~い。読んで下さった方、どうもありがとう。
教室では、ちょうどフェスティバルに向けた練習の真っ最中。半年前に新設されたというクラスでは、十数名のフラガールたちが、真剣に練習に取り組んでいました。
みんな半年前にフラを学び始めたばかり。この間に3曲を練習したそうで、衣装も揃えてフェスティバルに臨みます。
フェス前のこの時期・このタイミングでの編入は、ふつうなら難しいと思うけど、先生も、みんなも、温かく迎えてくれて。私はこのフェスにダンスで参加はしないけれど、練習では一緒に踊っています。
ブランクの間に忘れてしまったかと思っていたステップも、なんとか身体に思い出させつつ、みんなと一緒に踊る。4回目くらいで、場の空気感というのか、その波のようなものに便乗させてもらって、細かい動作は別として、踊れるようになってきた。
細かい動作が「できていない」と気になると、そこから先に進めなかった、かつての私。だから今回、そんな自分に驚いてたりして。
アウアナ(モダンフラ)の、『プア オレナ』という曲で踊るのが、とっても好き。
それは、どこか南の、ミントブルーの、透き通った、生ぬるい海の中。その、ぬめりやうねりの中を、ただ漂っている感覚・・・。やがて海は音となり、その音(歌詞も含めて)の意味が、私(たち)を媒体として表現される・・・。
それがフラ・・・みたいな? そんな感じ・・・。
なんだか、いっぱい気付くことがあって、かなり揺さぶられます。
それは、踊りのレッスンであるのと同時に、自分の中にこびりついていた、すでに古くなってフィットしなくなった感情を浮上させ、手放すレッスンでもあるようです。
身体という不自由な器に宿ってしまった落胆、そして、身体があるからこそ表現できる快楽。魂に与えられた、たかだか80年の中の一瞬。ちょっぴり苦しくも愛しい、フラガールへの道です。
今週末、定員650人くらいのホールに、入りきれないほどお客様がいらっしゃるらしいフェスティバルが開催されます(フラ・フラメンコ・サルサ・ベリーの各ダンスが、約3時間にわたり披露される)。
先週、会場でのゲネプロっていうの?通しのリハが行われました。それを見に行き、思わずウルウル。みんなシロウトだけど、テクニックじゃない、それを超越した「何か」が溢れ出していた・・・ような気がした。そして、その溢れ出たものが、もう一度各人に戻りチームとして調和すれば、その時、テクニックを含めた「表現力」となる気がしました。
で、私は、なんとそのフェスティバルのナレーターの大役を頂きました。各演目と、それぞれの出演者の名前を読み上げるのだけど、ナレーションって、出演者のモチベーションを左右するほど大切な要素・・・。ひとつの演目の、それがスタートの合図といっても過言ではなく・・・。
来年はフラガールとして(!)参加することになると思うので、ナレーター参加は、たぶん最初で最後。今週は、ナレーター練習週間でした。本番当日、がんばります。
世界中で、日本中で、個人的にも・・・いろんなことが起こっていて、苦しいこともあるけれど・・・。
こんな時こそ、個人が幸福に生きる(生きようとする)ことを大切にしたい。自分の心の平安を、自分で作り出したい。その方法や在り方は、多種多様であってよいハズで・・・。
自分の現場で、正直に、誠実に、謙虚に生きたいと、切実に思う日々です。
★またもや、すっごく長~い。読んで下さった方、どうもありがとう。