ふと
たろうの机の上にある
高校の国語の教科書を
パラパラとめくっていて
この詩に久しぶりに会い
なんだか揺さぶられる
揺さぶられる
どころか
泣きそうになる
泣きそうになる
どころか
泣く
もう
分かっているんだよね
目の前にいる妹がもう、死んでしまうと分かっている
その妹が
あめゆじゅとてちてけんじゃ
アメミゾレ、トッテキテ
と頼む、それは、このあと、この兄が苦しまないように、救いのために、妹は兄に頼むのだと宮澤賢治は知っている
あめゆじゅとてちてけんじゃ
おらおらでしとりえぐも
こんどはこたにわりやのごとばかりで
くるしまなあよにうまれてくる
いったい
17歳男子はこの詩に会い
なにを感じるのだろう?
死ぬことなんか
ずっとずっと先のこと過ぎて
考えたこともないだろう、たろうよ
遥か昔、17歳だったわたしも
死ぬことなんか
まったく身近じゃなかった
自分のこととして考えること、できなかった
今でも、むずかしい
でも、少なくとも17歳だったわたしよりは
知っている
いつなにが起きるかわからない世の中だってことは
知っている
17歳がなにを感じるのか・・・
以下引用
永訣の朝
宮澤賢治
けふのうちに
とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
うすあかくいっさう陰惨いんさんな雲から
みぞれはびちょびちょふってくる
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
青い蓴菜じゅんさいのもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀たうわんに
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがったてっぽうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
蒼鉛さうえんいろの暗い雲から
みぞれはびちょびちょ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになって
わたくしをいっしゃうあかるくするために
こんなさっぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまっすぐにすすんでいくから
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
はげしいはげしい熱やあえぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
銀河や太陽、気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
…ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまってゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまっしろな二相系にさうけいをたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらっていかう
わたしたちがいっしょにそだってきたあひだ
みなれたちゃわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あああのとざされた病室の
くらいびゃうぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまっしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
(うまれでくるたて
こんどはこたにわりやのごとばかりで
くるしまなあよにうまれてくる)
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが天上のアイスクリームになって
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ