見たい | わたくしの日常

わたくしの日常

心の中のことは全て目の前の現実に現れています。だから心の中をみていくことが好きです。カナダの大自然に囲まれた生活や家族と過ごす日常、自己認識のブログです。レイキティーチャー、クラニオセイクラルセラピスト、アカシックリーダー、前世療法ヒプノセラピスト



結局 人は
その人が見たいものを見てるんだなあ



って

これにつきる


頭で見たいものと
心で見たいものがバラバラだと

その人でいう
現実が思うようにいかない状態
にあって

その心地悪さが嫌だなぁの時は
頭と心(口先とお腹の中)を一致させる必要がある

長い間
頭と心がバラバラだと

バラバラの世界が当たり前すぎて
カラクリに気がつかない

気がつかないことさえ
自分で決めていて
時期がきたら
その人の気づきの世界が拡がるようになっています


気がつきたい
自分の世界を変えたい

って 本気で思った人から
目の前に気づきの道に繋がるアイテムが
ポトリ ポトリと落とされているのに まず気がついて
(いつもそこら中にアイテムは落ちているのに
ドラマに入り込んでいると
なかなか 見えません。だって、ドラマがしたいから)

アイテムを拾いあげたその時から
大きな愛が
いつもどんな時も
自分を包んでくれていたことに気がつきます




パートナーや周りの人に
色々思うことがあるとき

周りがわたしをこんな気持ちにさせる
という考えから

わたしがもともと 怒りを持っているから
その怒りを外に出すために
パートナーや周りの人が怒りを出す手伝いをしてくれている

という考えに
方向変換してみたら どうなるのでしょう


起こることに
意味を持たせない

起こることに意味を持たせることは
意味がない


大事なことは
その時の自分が感じている感情だけで

その感じているものを
自分が
ちゃんと受け止めて
わかってあげるだけで
少しずつ、人によっては
一気に世界が変わっていきます






わたしは
パートナー関係で沢山悩みました

その当時こそ
相手を変えることは出来なくて
今のこの状況を変えるには
相手と別れることしかない

とも思っていましたが


今ならわかる

別れたところで
わたしの中にもともとあるものが現象化されているだけなので

わたしが自分のパターンを見つけて気がつかない限り

相手を変えて
状況を変えて

また同じこと、もしくは
もっとどデカいことが起こるわけです


映写機に映る映像を変えたければ
もともとの映像を変えないと
何も変わらないということです



パートナーも周りの人も
全てはわたしが気づくための風景で
その風景は自分が創り出していて

自分が創り出している風景に文句を言っても
何も始まらないのです





他人のことが気になるという時点で
自分のことに集中していないということが
ハッキリとわかるようになっているので

そのサインに気がついたら
おっとっと
今、外に飛び出ちゃってるな
って
自分の安心できることをしたらいいと思います


外にいたい人は
外にいたらいいし

外にいると不快感がある人は
自分の場所に戻ればいい

みんな自由で
みんな完璧バッチリグー

見たいものを見ているんだよ
だから
みんな
自分のやりたい事をやっているだけなんだよ








瞑想をされる方
一緒に自分に優しい瞑想をしましょう




おわり