31週の検診で突然、子宮頚管長が2.5センチになっていることを告げられ、
しかも逆子と宣告され1週間自宅安静に。
次の週、胎児位置確認に行ったら、逆子は直っていたけど
さらに子宮頚管が短くなっていたため、次の日に入院。
この時点で36週までの3週間は退院できない旨、告げられました....--:
結局36週6日まで1ヶ月間入院し、1日分だけ張り止めを処方してもらい
ドキドキしながら退院したけど、37週3日現在、いまだ出産に至らず。
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そんな1ヶ月の入院生活は、どんな感じだったかというと...。
最初の1週間は極楽でした。
だって、アイチからも家事からも仕事からも解放されて
自分の時間がこんなに持てるなんてずっと夢みていたことだったから。
今までとにかく自分の時間がなくていつも育児か家事か仕事に追われてて
睡眠時間も細切れに5時間程度。
それがご飯のメニューを考える必要も、ご飯を作る必要も
家事をする必要も、育児をする必要も、仕事をする必要も
なくなったんだから、なんて贅沢な生活なんだろう!
と、ホントにそう思っていました。
(あっ、PC持込禁止だったので、仕事もできなかったんです。)
だからこの貴重な自分のためだけに使える時間を有意義に
使いたいと真剣に思っていました。
2週目、さすがにモチベーションが下がってきて、くだらないと
思ってたテレビ番組をだらだらと見るようになりました。
それと、ようやくゆうちゃんの名前を決めました。
中々画数が良い感じがなくてアイチのときより大変だったけど
私も旦那さんも納得の名前になって一安心。
3週目、点滴が痛くて何をする気にもなれず、悶々。
とにかく点滴している方の手を動かさないようにじーっとしていました。
4週目、退院する日を文字のごとく指折り数えていました。
本当は36週0日で退院することもできたけど、
37週以前にゆうちゃんが生まれてしまった場合、大きくなって何かあるたびに
「やっぱり37週までお腹にいなかったから」と考えてしまうのが
いやだったし、ここまで頑張ったんだからという意地もあったと思います。
私が入院していたのは二人部屋。最初のお隣さんは26週で入院生活を
スタート。すぐに帰れるつもりだったのがちっとも張りが収まらず
先が全く見えない状況でとても辛そうでした。
彼女は、私が入院して1週間ちょいで新生児ICUのある大きな病院に搬送され、
まだ入院生活を送っています。
彼女の入院生活は最大であと6週間も残っています。
私だったら発狂しそうなほど相当辛いと思います。
それからお隣さんはくるくる変わって、最後のお隣さんは6人目でした。
意外と切迫で入院する方が多いのにびっくり。
私のお隣さんは大半が無理して出血→数日間入院して退院
というパターンでしたが、ナースの方々の情報によると
不動の2トップが陣取るケースの方が多いそうです。
それにしても1ヶ月も入院すると本当に体力落ちます。
よく年配の方が入院してそのまま寝たきりに、、、なんて話を聞きますが
本当にそれがよくわかります。
シャワーやトイレに行くだけで息が切れます。
退院後も少し散歩しただけで疲れて昼寝--:。
こんなことじゃぁお産を乗り切れないので、とにかく体力つけねばー
なのですが、ひたすら腰と股関節が痛いわ、おなかは重いわ、
動けばお腹はぱっつんぱっつんに張るわ、本当にうざったい耳管解放症は
いまだ直らないわで、もう早く出産したい!!です。
ねぇ、ゆうちゃん、お母さんを助けると思って早く出てきてくれないかしら?