オサンポライフ
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ずーーーっと思ってた事が言葉にならなくて、できなかった、けど、なんとなく文字にしたくなったので煙草を吸いながら本当のことをゆっくり書いてゆく。赤裸々だ。



自分で手帳買ってスケジューリングしながら日記をつけられるほど胸の内に栞は多くないので、この場所最適だねラッキーと思っていたらパスワードを忘れてログインできない。しかし、くそう携帯電話はむずかしいな的な機械音痴具合ともおさらばできたので本当に書く、ぞ。と至るまでに1年以上。意を決するまでに2年。情けない。



結論から言うと2年くらい前に、ずっと続けてきたバンドを辞めた。いつ辞めたのかなんて正直わからないくらい。出来なくなった。ただそれだけの事だけど、人生は変わった。ただそれだけの事。

友達の誰ひとりにも過程を告げずに、黙って居なくなった。ごめんなさい、なんて誰に謝ってるのかわかんないけど。

きちんとした発表もせずに突然消えた人になっちゃったから沢山迷惑と心配をかけてしまったし、沢山連絡をいただいたのに何も返さなかった、返せなかった。LINEは1年以上開くことが出来なかった。情けない。

TwitterやInstagramとかも最近になって開くことができた。知らない情報ばかりでとても不思議な感覚になった。たくさんのメッセージがたまってて頭がクラクラした。ごめんなさい。

バンドが自分の全てだったから、それがなくなったらもう誰も友達で居られなくなっちゃうんだって訳の解らない事を思ってしまっていた。本当に。訳が解ってなかったんだよなでも。そんなはずないのに。



辞めた理由なんてよくある話です。文字にするのしんどいから、あれだ、ずっと落ち込んじゃうってやつ。

3年くらい前から歩けなくなったり喋れなくなったり突然眠ったりその他色々。騙し騙しやってたら限界越えて壊れました。すんって全部の色が無くなる感じ。何の感情も持てない死んでるも同然の生きてるだけみたいな感じ。

世の中はちょうどコロナ禍が始まった頃で、それのせいみたいだけど全く関係ないです。

バンドを辞めて、それから暫くして仕事も辞めて、約8ヶ月引き籠りました。

人に会わない連絡もとらない、ドアから先へ出られずに家の中をうろうろするだけ、何時の明るさなのかわからないくらいカーテンを閉めて眠るだけ、何の音楽も聴かない、貯金を切り崩しながら、心を磨り減らしながら。誰か殺してくれないかななんて人任せな事ばかり考えてた。誰にも会えないくせにね。振り返れば本当に地獄みたいな日々を過ごしてたなあと思う。あんな状態でよく生き続けてたなって褒めてあげたいくらい。えらい。



そんな中でもずーっとギターは弾いてしまうんだから恐ろしい。この気持ちをどうにか、何か、なんとか、ってひたすらにギター弾いてた。沢山うまれたけど、これどうするの、どうにもできないやとりあえずメモって日々を繰り返してた。

そうすることでしか解らなかった自分にがっかりもしたし感動もした。馬鹿なんじゃないかとも思った。少しだけでも感情が動いたことが嬉しかった。

そんな事が毎日になっていくと、いつの間にか暖房を切って、桜も見れず、蝉が鳴いてる気がして、引き籠るのを辞めて外に出られるようになった頃にはまた長袖を着ていた。世界が切り取られてる気がしてドキドキした。オリンピックは延期になってたんだな。

友達に連れられて海の見渡せる公園に来た。思ってたより明るくて眩しい。ってのが外に出た第一印象。とにかく眩しかった。色んな意味で。空は穏やかに遠かったし海は思ってるより波の音がうるさかった。人混みに吐き気がして足が震えた。もう2度とあんな生活を送らないと強く決めた。



電気を点けたみたいに色が見えるようになってから、頭の中の窓を開けて空気を入れ替えた。良いのか悪いのかわからないまま。嘘みたいに全てが新鮮だった。程なくしてまたなんとなく働き始めた。お金が無い。そりゃそうか。

大晦日、静かにゆっくり過去を振り返りつつ、ラジオを聴きながら料理をしていたら年が明けて2022年になっていた。想像もしていなかった年の越し方に自分が変わっていっている事を感じた。空っぽになっていた。今年は良い年にしよう。

新しく出会う人にも再会する人にも自分がどんな人間だったか上手く伝えられなくなってた。でも悪くないんだ。もうあんな日々が来ることは無い。強くないからせめて歩くのだけは止めないでおこう。逃げるは恥だが役に立つとはまさに。



落ち込んでいた自分がまた色んな感情になれたのは友達のおかげだなと振り返りながら思う。連絡くれたり会いたいと言ってくれたりする人、家族みたいに兄弟みたいに接してくれる友達のおかげだ。それがとにかく嬉しくて幸せだった。ありがとう。一生忘れない感謝の気持ちだ。

それも全て音楽をしていたから出来た大切な人達だよなって考えると、とても尊い気持ちになった。

だからこそ、というのは変な理由付けなのかもしれないけど、あの苦しかった時間をちゃんと残しておきたいとも思っている自分もいる。どんな形であれ。未定。



世の中の事や音楽の事や友達の事も何にも知らないまま過ごしていた僕は引き籠る事をしなくなっても、2020年3月の大阪でのライブ以降、自分の足でライブハウスへ向かう事は無くなっていた。

自分が居なくなってもバンドは止まらなかったし辞めてしまったらもうそれで終わり。結局はどんな事をしても残っているやつが正義なんだ。そんなこと重々承知だった。自分は自分が知っているイレギュラーになった。改めて認識をする度にただひたすらに悲しくなった。後悔は星の数程沢山ある。けれどもうどうしようもない。くっきりと抜け落ちた。だからそれ以降、恐怖と後ろめたさと申し訳無さと気恥ずかしさ、様々な感情に苛まれてバンドやライブに対して思考が止まってしまう様になった。だせえ。けどこれが今の自分なのだ。と受け止めて足を向ける事は無くなった。



心の内を形にしたい気持ちもある、また友達に会う為にという気持ちもある、また大きな音を鳴らしてみたいという気持ちもある。だけどたぶん今は何も出来ない。解った。そうだ今は自分にしっかり向き合って生きていかないといけない。今はそう考えていてもうすぐ2022年4月春が終わろうとしています。それはとても辛くてしんどくて苦しいなと感じています。普通の定義が何なのかは人それぞれだけど、自分にとって普通じゃなかった現在の日々は、空っぽだなと感じます。だけどこれが自分の人生だからせめて心だけは豊かにしていきたい、そう願ってひたすらに生きている、そんな感じの毎日だ。わかんないもんはわかんないし、始まったら終わるし、濁って透明になるし、人の気持ちは解らないし。変わったなって思える様に変わった事だけ成長したのかもしれない。退化したのかもしれないけど。わかんないや、けど生きてます、そんな感じ。



赤裸々でも何でも無いけど本当のことを綴ってみた。

ずっと避けてきた頭の中の言葉を文字にするのは意外と難解で、自分はこれが好きなんだなとも思えた。思い出ばかり綺麗になっていく事は仕方のない事だし、その度に立ち止まって振り返る事も悪くない。自分が何者じゃないのかも理解していくし、年齢に合わせて勝手に大人にされていくし、嬉しくても悲しくても時間のスピードはいつも速い。文字にすると不思議な事だらけ。



とにかく2年前に比べて、元気?になりました。昔の自分にはもうなれないし、どら焼きが好きになったし、吸ってる煙草の銘柄は変わったし、早起きするようになったし、淹れる珈琲はサッパリしたものを好むようになった。じじいみたいだな、、、けれど相変わらずお散歩は好きだし、天気が優れてると嬉しくなるし、結局じじいみたいだけど、のんびり生きています。

これから先、まだ続いてしまう人生を自分はどうしていくのかわからないけど、なんで今のこの何でもないタイミングでこんな風に文字にしたのかもわからないけど、もし読んでくれた人がいたらありがとう、嬉しいです。わーい!



それではさようなら~