ポジティブ思考は大切だと思われている。

 

実際、ネガティブな思考に比べれば遥かにいいのは確かだ。

 

だけど、ポジティブ思考よりさらに上がある。

 

それは、心がポジティブでもなければ、ネガティブでもないときだ。

 

ダメだ、きっと失敗する、と考えることではないのはもちろんだが、

大丈夫、うまくいく、と考えることもない。

 

成功とか、失敗とか、

勝つとか、負けるとか、

安全とか、危険とか、

 

そういう比べるようなことを一切していないときの状態。

それが、一番心にとってベストなときだ。

 

それは何も考えないということではない。

もちろん、生きて生活している以上、常にいろいろな思考が頭の中に浮かんでくる。

 

大切なのは、それにいちいち反応しないことだ。

 

大丈夫かな?上手くいくかな?という考えも、

大丈夫、きっと上手くいく、という考えも、

 

どちらも、ただその瞬間頭の中に浮かんできただけで、

 

それらをただ、川の流れに乗って流れていく葉っぱのように見ていればいい。

 

ただほっといて、そのままに任せておくわけだ。

 

思考は掴もうとするから、執着が生まれる。

ネガティブな思考を掴んで離さないのはもちろん問題だが、

ポジティブな思考であろうとも、掴んで離さないのもそれは問題だ。

 

ポジティブ思考は大切かもしれないが、ずっと掴もうとしていれば、きっとどこかで疲れて参ってしまう。

 

思考は風や水のようなものだ。

 

その流れは止めることはできないし、止めるべきではない。

 

下手に止めようとしたら、ネガティブだろうとポジティブだろうと、それは雑念や妄念になってしまうだろう。

 

事実、SNSを見れば、多くの人が「正しさ」という思考に囚われている。

 

囚われているから、他人の意見や自分の思考にずっと振り回されているのだ。

 

重要なのは、他人の意見はもとより、自分の思考も程よく相手にしないことだ。

 

それはできることだ。

例えば、音楽を掛けながら本を読んでいるとき、本の方に意識が向いていて、音楽の方が聞こえていないときがないだろうか。

 

間違いなく音楽は耳に入ってきているはずなのに、意識がそれを相手にしないと、それは聞こえていないことと同じになる。

 

それと似たようなことで、思考も感じながらも、相手にしないということが可能なはずなのだ。

 

僕もまだまだ、思いがけないことが起こると、ついつい焦ってしまうこともあるが、

 

それでも、あ、今思考に囚われてたなと、気付くことが昔よりかは増えてきているように感じる。

 

とにかく、まずは肩の力を抜いて、深呼吸するところからやっていこう。

 

体がリラックスしてるから思考に囚われないのか、

思考に囚われないから体がリラックスするのか、それはよく分からない。

 

もしかしたら同時なのかもしれない。

 

まあ、あまり深く考える必要はないのかもしれない。