人々は歓喜の渦の中でただ踊っていた。
長い夜が明け、新しい朝が来た。
長らく世界を覆っていた暗雲。強大な力で支配を続けていた魔王が倒れたのだ。
魔王の支配が続いた10年、人々は苦しみながらも耐え、悲しみながらも抵抗し、自分たちの力を付けた。
かつて100年前にも別の魔王が君臨していた時代があった。その時の教訓を生かしながら、人々はついに魔王を打ち倒したのだ。
物語に出てくるような勇者はいなかった。
そんな特別な誰かではなく、特別ではない、けれどもただ諦めなかった大勢の人々によって手にした勝利だったのだ。
今日からは安心して眠れる平和な日々が続くだろう。
だが、人々はまだ知らない。その安寧が永遠に続くわけではないことに。

「お疲れさまでした」
シャワーを浴びて濡れた髪をタオルで拭く女に、小柄な男が声を掛ける。
「ああ、たった10年だったがいい仕事ができた。お前が持って来る案件はいつも満足させられる」
「お褒めに預かり光栄です。早速でございますが次の依頼が早くも来ていますが、いかがいたしますか?」
「どんなのだ?」
男は手に持っていた資料を女に渡すと、説明を始めた。
「文明レベル6のアリアンテという名前の世界です。魔法技術はそれなりに発達していますが、それゆえに魔導師の地位が非常に高くなっております」
「つまり、魔導師以外の地位が相対的に低くなっているわけか」
「左様です。魔法を使えない人間でも利用できる機械技術が発明はされていますが、まだまだ産まれたばかりの赤子同然です」
「なるほどな」
資料に目を通し、思案にふける女。
彼女は魔王派遣業というものを仕事にしている。今年で8000年目を迎えるベテラン魔王だ。
彼女の仕事は様々な世界に赴いて、そこで魔王を執り行うこと。
世界を支配し、「適度な」恐怖をその世界の人々に与える。
そうする理由は、その世界の発展させるためだ。
人は追い込まれた時に一番力を発揮する。
事実、彼女が魔王として訪れた世界では短期間の内に、技術、医療、教育、芸術等々あらゆる文化のレベルが著しく発展していた。
そして、予定していたレベルまで到達したら、それらしく負けたように見せてその世界を去るというわけだ。
一通り、目を通した資料を秘書の男に渡すと
「分かった。この仕事受けよう。半年ほど休んだら出発だ」
「大丈夫ですか?もっと休まれてもいいと思いますが・・・働きすぎですよ?」
「いいんだ。この仕事はやりがいがあって楽しいしな」
彼女のその充実した笑顔には一片の嘘も無かった。

その日、アリアンテは恐怖に包まれた。
それまで栄華を誇っていた魔法帝国は為す術もなく制圧された。それもたった一人の女に。
彼女は名乗った、魔王と。
この日より世界は魔王との戦いに突入した。