「ママー、お月見ってなあに?」
幼稚園からの帰り道、しっかりと繫いだその小さな手の持ち主が、何の前振りもなく母親に質問をぶつけてきた。どうやら今日保育園で友だちが言っていたことを聞いたらしい。
「お月見っていうのはね、ちょうど今くらいの季節に月を見る、何て言うのかな、イベントっていうか、お祭りみたいな・・・もの?かしら」
「何で月を見るの?」
「うーんと、この季節の月が一番きれいに見えるから・・・だったかな」
母親も確信が持てない知識を何とか言葉を紡いで子供に伝える。小さな子供にとって親とは万能の存在だ。その期待を裏切りたくはないという思いはたぶんいつの時代も同じだろう。
「ママはお月見ってやったことある?」
「実は、ママもやったことないのよねえ」
「そうなんだ。何で月を見るのが楽しいんだろ?」
そう言うと、子供は歩きながらじっと地面を見つめる。そこは何の変哲もない、毎日歩いている道だ。
「ふふ、そうよね。毎日見てるもんね。いい、お月見って言うのはね、まだ人が地球に住んでいたころにお空に浮かぶ月を見るものだったの。昔は今みたいに月に人が住んでいなかったから」
「そうなんだ」
人類が地球以外に居住地を作り出して数世紀、地球時代に行われていた風習はもはや伝説のようなものになっていた。
「じゃあ、ここから見るのはお月見じゃなくて、地球見だね」
「ふふ、そうね」
そう言うと、子供は空に浮かぶ一つの惑星を指差した。母親もその指先にある物を見る。
今夜は月の都市から人類発祥の星がとてもよく見えた。
その星は今、実に見事な赤色に染まった輝きを放っている。