今は多くのアイドルグループがしのぎを削っているアイドル戦国時代。
その激戦の最中にあってトップを走り続けているのが、アイドルグループ『ルナティック』である。
紆余曲折を経て、現在12名から構成されるそのグループは歌や踊りなど、圧倒的なパフォーマンス力で老若男女を問わず魅了していた。
そのグループにこの度、13人目のメンバーが加入することになった。
彼女の名前は、青原ユイ。トップアイドルグループに入るだけあってルックスはもちろん良いのだが、どこか垢抜けておらず、歌も踊りも拙さが残っていた。
完璧なアイドルグループに少し抜けた娘を入れることで、ギャップ狙いをするのだろうとメンバーたちは考えた。
このグループのメンバーはそれぞれ、表向きは仲が良いように振る舞っているが、実情は決してそうではない。トップアイドルグループの中のさらにトップを常に虎視眈々と狙っている。
だが、青原ユイが加入したのは単なる戦力補強とかそういうことではなかった。
(きょ、今日も終わった~)
本日分のステージが終わり、やっと私は一息つく。ルナティックはトップアイドルだというのに、いまだにほぼ毎日ステージをこなしている。
この貪欲なまでのストイックさがトップオブトップの位置に彼女たちを置いているのかもしれない。
正直私はまだ混乱していた。
何で私がこの最先端最高峰のグループに入ることになったのか。
単なるアイドル好きでしかなかった私が。
いや、気を引き締めないとだめだ。私がここでやることは分かっている。
それは、真相の究明だ。
スパイ会社『インビジブル』潜入調査員青原ユイ(仮名)はここで実績を残すんだ。
私がやることは、ルナティック内の規律違反者の調査。
ルナティックには絶対不可侵の掟がある。それは恋愛禁止だ。
それを頑なに守っているからこそファンは付いてきてくれているのであり、そこに綻びがあれば、このアイドル戦国時代では命取りになりかねない。
トップアイドルグループのスキャンダルがどこかの週刊誌とかに漏れる前に、私がその本人を突き止めること、それが使命。
今までは失敗続きだった。正直私はスパイには向いていないのかもしれない。でも、自分でも割とそれなりと思っている見た目とアイドル好きの知識を買われて掴んだこのチャンス、絶対ものにしてみせる。
でも、真相を突き止めるには私一人では無理そうだ。
何せここはあのルナティックだから。アイドル戦国時代の中のさらに超最前線。メンバー同士は仕事上はしっかり互いを支え合っている。でも私には分かる。曲がりなりにもスパイをやってきた経験として、この人たちは決して自分の本当の内面を他人に明かそうとしない。
この鉄壁のガードを掻いくぐって秘密を暴くには協力者がいる。
そこで私は、加入してから続けてきた観察で一人のメンバーに目を付けた。
黒川アイリ。メンバー人気第4位の娘。
天真爛漫なキャラで多くのファンを魅了し続けている。でも裏ではグループ全体に目を配り、常に最高のパフォーマンスを演出しようとしている。
リーダーという存在がいないこのグループにおいて実質的な中心的存在だ。
これまでの調査と私の勘から、この娘だけはありえない。この娘には彼氏なんていないと確信できる。
だから、まずはこの娘を味方につけよう。
「・・・ッ!??」
正直ビビった。一番新しく加入してきた新人が、まさかそんなことを考えていたなんて。
このグループ内に恋愛をしているメンバーがいる。その特定に協力してほしいと。
どうやら冗談ではないらしい。今まで多くのアイドルの、多くのファンの目を見てきた。
その経験が私に言う。この青原ユイの言っていることは本気だ。
本気で恋愛している裏切り者を明かそうとしている。
いや、でも、それって・・・
(私なんですけどーーーーッッッ!!!)
え?何?この娘、何で私に協力頼んできてんの?
私がその、違反者だって気付いてないの?それとも気付いているけどあえてカマかけてきてるの?
・・・いや、そんな引っ掛けをする理由はない。この目は本気で私に協力を求めてきている。
どうしたものか。適当にあしらうことも考えたが、その時私の頭の中に光が走った。
今、このルナティックで一番人気のあいつ。金剛院ジュナ。ルナティックの顔と世間で誰もが認めるトップオブトップアイドル。
これはチャンスだ。何とかアイツが恋愛をしているという流れに持って行くんだ、この新人と協力して。
アイツを蹴落とせば、しばらくはルナティックのダメージは入るだろう。だけどそこで上手く立ち回れば、私があの一位の座に立つことも決して夢ではない。
これはチャンスだ、だけど同時にピンチでもある。決して自分のことはバレてはいけない。
自分の尻尾は掴ませず、ジュナに偽物の尻尾を付ける。
よし、やってやる。私は必ず昇ってみせる。
「良かった。私のことあまり疑われずに協力してくれることになって。黒川さんいい人だな。よし、明日からまたスパイ活動がんばるぞ」
こうしてポンコツスパイと、野心アイドルの協力作戦が始まったのであった。