とある街の中にその建物はあった。
決して目立つような外観はしていないが、どこか不思議な魅力を感じる洋館だ。
それは大昔、ちょっとした貴族の邸宅だったらしい。そして今では改装され、博物館として使われている。
展示されるものは、その時々で変わる。
この博物館のオーナーの趣味のようなものだった。
白髪でメガネを掛けた老人。それなりの歳のはずだが背中はまっすぐに伸びており、見方によっては若者より健康そうに見える。
「今、当館が開催しているのは『忘れ物』でございます」
訪れた客に、丁寧にオーナーは説明する。
この博物館の不思議な所は、訪れる客の動機がはっきりしていないということだ。
何か強烈に見たいものがあって訪れるのではない。この博物館のことを知って、何となく行かなければいけないような気がしたとか、偶然この博物館の前を通った時に吸い込まれるように足が向いたとか、とにかく人の意識の底に呼びかけるような何かがこの博物館にはあった。
「ここには、あなたがこれまでの人生で落としてしまったものが展示されています。それは物かもしれませんし、想いとか、そういう形の無いものかもしれません」
淡々とオーナーの説明は続いていく。
「どちらにしても、ここにあるのは忘れ物です。あなたはそれを捨てたわけではない。捨てようとは思っていなかったのに、いつの間にか手元から無くなってしまったものです」
オーナーの声と言葉は、訪れた人間の心に何の抵抗もなく入ってくる。それは、彼の言葉によって自分がここに来た理由を確信するからだ。
ここに来たのは、いつか無くした何かをもう一度見なくてはいけない。今の自分に必要なのがそれだと無意識のうちに思っているからだと。
「ここにあなたの忘れ物はあります。それを見つけた後、どうするかはあなた次第です。
それを持って帰りたいのであれば私にお申し付け下さい。ただ見るだけでもいいでしょう。あの時それを無くしたから今の自分がある、というのも決して間違いではないのですから」
オーナーの説明が終わると、来訪者は博物館の中を自由に動き始める。
確かに存在した、あの時の自分ともう一度巡り合うために。