街の中の何てことの無いマンションにその部屋はあった。
そこは現代の社会の中で頑張りながらも、上手く行かなかったり、周りに認めてもらえなかったり、無理して普通に合わせ、常識に合わせ生きてきて、顔に笑顔を貼り付けたまま疲れてしまった人が辿り着く場所。
今日は何もしないための部屋。
そこには簡単な備え付けの家具があるだけで、他にこれといった特徴は無い。
ただ、何もしないための部屋なのだから。
テレビを見るでもなく、ネットに潜るでもなく、本を読むでもなく、寝るでもない。
ただ座って、何かとりとめもないことに思考をくゆらせて、時間だけが過ぎていく。
大抵この部屋に辿り着く人は、何もしないことに罪悪感を抱くタイプだ。
自分の価値に自信が持てず、何かすることで、何かの役に立たなければと自分に課している。
そんな人たちが、この部屋では堂々と何のためらいも無く、何もしないことを選択できる。
彼らにとって、社会の中の日常というものは、激流なのだ。そこから少しでも逃れ安心するために、どこの誰が作ったかは分からない、
何もしないための部屋。
実はその部屋の数は増え続けていることを知っている人はいない。