S市H区にあるとある高校には有名な話がある。
真冬の2月の夕方、この学校では幽霊の目撃情報が相次ぐのだ。
放課後、校内で幽霊を見たという生徒は実に多い。
時に単独で、時に複数の幽霊が、誰もいない教室で、音楽室で、美術室で、場所を問わず現れる。
共通していることと言えば、決まって綺麗な夕暮れの時間帯に出るということだ。曇りや雨の日に目撃したという例はほとんどない。
時期的に受験を苦にして自殺した生徒の霊と言われているが、理由はまったくもって分かっていない。
今日も夕日が校舎に入り込む。まるで彼らを誘いこむ道のように・・・

「はい、カット!いいねえ」
一際大きな声が部屋の中に響く。
夕暮れの音楽室では黒のピアノが陽光でオレンジ色に反射していた。
「やっぱここはいいねえ。撮影にはぴったりだ」
「でも監督、みんなここを使いたがるから、画がワンパターンになりません?」
髭面の監督と言われた男に対して、まだ若い青年が疑問の表情で声を掛けた。
「バカお前。そこは編集の腕の見せ所だろ」
ガハハと豪快に笑う監督だが、アシスタントの青年はどこか不安そうだ。
夕暮れの校内での撮影。高校という場所を考えれば非日常的な風景だったが、それよりも非日常はすぐ足元にあった。
監督もアシスタントも、さらにこの現場にいるどのスタッフも、足が無かった。
「よし!この調子で次のも撮っちゃおう」
この高校はこの時期、場所的に夕暮れの時間帯が幽霊にとって絶好のスポットになる。
今彼らが撮っているのは、「オーマガタイム」という浮遊霊少女5人組のユニットのイメージムービーだ。
幽霊動画は人間たちの間で話題になる。だが、話題になるのは主に夏だ。
だから夏に向けて、半年ほど前から準備をするのは何も珍しくはない。
「よーし次は3階の渡り廊下で撮るぞ。夕日がいい感じなんだ」
この日の撮影はまだまだ続いた。そして半年後、呪いの動画という触れ込みで多くの恐怖を呼び起こすことを人間たちはまだ知らない。
その正体は幽霊たちのアイドルプロモーションであることも。