パチパチと薪の爆ぜる音が響く。ドラム缶の中からは煌々と炎が上がっていた。
時刻はもうすぐ太陽が顔を隠す頃。空はオレンジと紫のグラデーションで染め上げられている。
焚火の近くには一人の青年が立っているだけ。後は木々が、空が夜に備えるのに合わせるように静かに風に揺れていた。
青年は懐から何かを取り出す。それは、一通の封筒だった。茶と黄の色で汚れているそれは、一目見ただけでかなりの時が経っていることを分からせた。
彼は一度それを眺めると、ドラム缶の中へと投げ込んだ。
炎はあっという間に封筒に食いつく。封筒が飲み込まれ、灰へとなるのに10秒と掛からなかった。
「これで任務完了。今回はキツかったな」
青年はため息を一つこぼすと、改めて炎を見つめた。
彼の仕事は、人々の消したい過去を葬り去ること・・・などと彼自身は言っているが、普段はそれほど大仰なことはしていない。
いわゆる「黒歴史」を消すことが主な仕事だ。
こういうと彼は少し機嫌を悪くするが。
依頼主は様々だ。
若い頃に風俗で働いていた証拠を消してほしい女性。
自分で作詞作曲した歌を自信満々に熱唱している動画をネットにアップした男性。
周りから見れば、その程度のことと思われるかもしれないが、本人にとってはこれからの人生で自らの足跡に付きまとわれることが苦痛で仕方ない。できれば切り離したいと思っていることは存外にあるものだ。
そんな人々の依頼を受け、彼は動く。
彼の仕事は徹底している。例えば、普通一度ネットにアップしたものは完全に消すのは難しいが、彼はそれをやってのける。
ネット空間の証拠から、リアルな書類などの証拠まで、彼はその人物の黒い歴史を本当の闇の中へと送り出すのだ。
普段はその程度のことをやっているのだが、今回は違った。
とある国の王室に属する人間、分かりやすく言うと王子だ。それも150年も前の。
その王子は当時既に結婚もしていて、子供もいたのだが、浮気をしていたらしい。
相手は没落した元貴族の娘。その娘に宛てたラブレターが最近発見されたという噂がその国で立ち始めた。
何よりも名誉を重んじているその王室は、秘密裡に彼に依頼をした。
ご先祖様の黒歴史を消去せよ、と。
そして紆余曲折の果てに、彼はそのラブレターを手に入れて今に至るというわけだ。
歴史的にはそれなりに価値がありそうな物なのにと、彼は思ったが仕事は仕事だ。
既に灰になって空へと昇って行った、かつての恋文。
夜がそこまで近づいている寒空の下、ちょっとした歴史を燃やした炎に、彼はもう少しだけ当たっていくことにしたのだった。