「そう言えば、お前知ってるか?」
「何をだよ?」
銃を肩に担いだ男が二人、野営地の中で話し込んでいた。
戦場と言えど、常に弾が飛び交っているわけではない。むしろ何もない時間の方が多いこともある。
「あの、メルゼンのことだよ」
メルゼンとはとある女傭兵のあだ名である。
噂によると彼女は戦場で産まれ、銃弾や砲弾の音を子守歌にし、弾の入っていない銃を人形の代わりに持ち歩き、7才の時には人を撃っていたらしい。
そんな彼女は日常として、戦いの場に身を置いていた。
兵士のように仕える国もなければ、思想があるわけでもなく、傭兵と言えども金に執着があるわけでもない。
彼女にとっては、ただ戦うことが普通のことだった。
だから、自分が行きたい戦場に行き、戦いと思った相手と戦う。
神出鬼没、どこにいてもおかしくないことから、どこにでも売っているチョコチップクッキーの菓子の名前から、メルゼンといつしか誰かが呼び始めた。
「で、その戦闘狂がどうしたんだよ。ついに死んだか?」
「バカ。あいつが死ぬわけないだろ。聞いた話だけどな、結婚したって話だ」
「はぁ!?冗談だろ。それだったら、メルゼンがたった一人で法皇軍を全滅させる方がまだ可能性があるぜ」
「いや、かなり確かな話らしい」
「マジかよ。それが本当なら、俺はむしろ旦那の方が気になるね。アレをもらう男ってどんなやつなんだ?」
戦場では何が起こっても不思議ではない。彼らはそれを身に染みて理解している。だが、それでもこの話には現実味が湧いてこなかった。
「てことは何だ?結婚したってことは、あいつも引退ってことか?」
「なわけないだろ。常在戦場のあいつが戦場から離れるもんか。ただな、今は主に自陣の守護をやってるって話だ」
「マジかよ。あの常に最前線にいるバーサーカーがか?」
メルゼンが最後方を守っている。それは天地がひっくり返るほどのギャップであることを彼らは言葉は無くとも分かり合っていた。
「どうやら旦那も、傭兵らしいんだがな。朝、旦那が戦闘に行くのを見送って、夜帰ってくるのを迎えてるらしい」
「すげえ、確かに奥さんっぽい」
「どんな戦場でも生き延びることができる女だ。考えようによっては生活力は高いわな」
「意外に料理上手な傭兵って多いもんな」
だがどうしても二人は、エプロンを付けてフライパンを持っているメルゼンを想像することができなかった。良くてエプロンは付けていても手にしているのはライフルだ。
「でも敵にとっちゃあまり関係ないかもな」
「ああ、戦闘に勝つには敵陣地を獲る必要があるからな。どっちにしてもメルゼンと戦うことになる。先になるか、後になるかだけだ」
敵陣まで目前。あと少しで勝利が見えてきた時に、銃剣が付いたライフルで無双するエプロン姿の女がいたら、果たしてそいつは何を思うのだろうか。二人は考えてみたが、結果として、恐怖でしかないと同じ答えを得た。
「ただ、結婚したってことは、そこに戦い以外の幸せをやつが見出したってことだ」
「じゃあ、これからは戦いの幸せと、家族の幸せの二つを持ったメルゼンが味方になるかもしれないし、敵になるかもしれないってことか?」
「そうなるな」
「・・・・・」
二人は言葉には出さず、ただ心の中で、その幸せがせめてこちらに銃口を向けないことを祈ったのだった。