室内だというのに、どこからかすきま風が吹き込んでくる。この時期地上は冬の季節だ。
暖炉に火が入っているが、それでも気休めにすぎなかった。
「まったく、これだから地上は嫌なんだ」
男は一応その宿屋で一番高い部屋の、少し軋む音を立てるベッドに座りながら愚痴をこぼしていた。
男が膝の上に広げているのは、この辺りの地図だ。地図の至る所にペンで書き込みがされている。
それは彼がここ数日で手に入れた情報だった。
彼の仕事。それはある人物を探すこと。
この世界には二つの階層がある。
一つは地上。そしてもう一つが空に浮いている天空都市である。
世界に浮かぶ5つの島。それぞれに住んでいるのは選ばれし民と呼ばれる者たち。
なぜ彼らがそう呼ばれるのか、それは彼らが古代の力を受け継いでいるからだ。
それは、魔法の力である。
自然や精霊、魔物の力を操り、超常の現象をこの世に現す。その力をもって彼らは世界を統治していた。
地上に住むのは、魔法の力を持たない者たち。
数としては圧倒的にこちらの方が多いが、それでももし戦いになれば勝つのは間違いなく天空都市側だ。それだけ魔法の力は強大だった。
「この辺りで間違いないはずなんだが・・・」
男はその空の上に住む者だ。そんな彼がなぜ地上に降りているかと言うと、ある調査のためである。l
地上人の中で、魔法を使える人間が現れている。
最初は単なる与太話だと思っていた。だが、その報告の数と内容が無視できない形となってきた。
そこで調査員の派遣が決定され、選ばれたのが彼である。
「ったく、魔法が使えればもう少し楽なんだんだがな」
彼は表向きは地上人として行動していた。もし天空都市の人間とばれれば、そのことはあっという間に広まるだろうし、そうなれば相手に警戒心しか与えなくなる。
基本、天空都市は地上人に嫌われている。
だから魔法の使用は必要最低限にとどめなければいけない。
彼の任務は、どれだけ魔法を使える地上人がいるのか、その現状把握と原因の究明、そして可能であればそれの排除である。
「それにしても妙だな・・・」
男は顎に手を当てて考える。
もう地上に降りて2週間ほどになる。それなのに、一向に魔法を使える地上人と遭遇しない。魔法は便利な力だ。地上人がそれを手にしたら、使わずにはいられないだろう。
だが、魔法の魔の字も見ないほど、地上は今まで通りの地上だった。
あれだけあった目撃情報が、どこかに消え去ったかのようだ。まるで魔法のように。
「統率されている?」
地上人が魔法を使えるようになったのは、何らかの自然現象や偶然と言った突発的な要因ではなく、意図的な方法によるもので、その方法を知っている者が魔法を使えるようになった地上人を上手く管理しているということか。
だとしたら、彼には一つ心当たりがあった。
魔法が使える地上人の情報が出始める、およそ一ヶ月程前、一人の天空都市の人間が地上へと追放されたという話だ。
何でもそれはまだ少年で、追放理由は天空都市人の血を引いているにもかかわらず、魔法がまったく使えないから、という理由だった。
魔法が全く使えない者が天空都市から追い出されること自体は珍しいが無いわけではない。
問題はタイミングだ。追放された少年と、魔法が使えるようになった地上人の出現。この二つに関係が無いようには男には思えなかった。
「もしかしたら・・・」
男は一つの可能性を考えていた。
その追放された少年は魔法を使えなかったわけではない。使えたのだが、天空都市では分からなかった。そう、少年自身でさえ。
「もし、魔法を使えない人間に魔法を使えるようにする力が存在するとしたら?」
もしそうであれば、全ての人間が魔法を使える天空都市では何の意味もない。無能力者と見られても仕方ないだろう。
だがそんな彼は地上に追放された。そう、自分の力が存分に振るえるフィールドに。
男はゾッとした。自分のまだ確信に至っていない単なる想像に。
もしそうであれば大変なことになる。現在、地上で食糧や日用品を作り、それを天空都市と貿易している。見た目は持ちつ持たれつの関係だが実際は天空都市による支配だ。
もし地上人の全てが魔法を使えるようになったら、力のバランスは簡単に崩れる。
「地上人の反乱、最悪全面戦争になる」
食い止めなければならない。この問題の解決を改めて決意し、男は部屋から出ていった。