できた。彼はたった一人の室内で誰に言うでもなく呟いた。
今どき珍しく、原稿用紙に手書きが書かれたそれは、一本の映画の脚本だった。
よい脚本とは何か。それはその物語を見た人が、あたかも自分の物語のように感じることができるもの、というのが彼の持論だ。
そのためには様々なものを見て、聞いて、触れる必要がある。
そう考えた彼は、世界中を歩き回った。
そこに住む人々の人生や広がる風景を自分の中に蓄え続けた。
歩き続けた彼はあることに気付く。
自分の歩いている場所が、「今」ではないことに。
いつしか彼は、時代を越えて歩くことができるようになっていた。
かつてこの世界を作ってきた過去を歩き、いくつか起こりうる可能性のある未来を歩いた。
最高の物語を求めた彼は、今度は世界すら越えた。
人間以外の種族が生活する世界、魔法がある世界、無数の世界を歩いた。
そして、膨大な世界を歩いた記憶と感情は今、「たった」四万文字に凝縮され、一つの作品となった。
だが、その映画が見る人の心を掴むかどうかはまた別のお話。
それでも彼は自分の歩いた道を間違っていたなどとは微塵も思わないだろう。