地獄の沙汰も金次第とはよく言ったものだ。
今の時代、地獄はその言葉通りになっている。
とは言っても、その意味は昔とは少し違っているかもしれないが。
「皆様、右手をごらんくださーい」
虎皮の服装に身を包んだ若い鬼の女性が、にこやかにマイク片手に乗客たちに声を掛ける。
三途の川クルーズ。三途の川をガイドの解説付きで上流から下流まで下りながら風景を楽しむという今人気のアトラクションだ。
地獄とはこういう所だというイメージは現世では何百年と変わっていない。しかし現世でさえ長い年月が経てば根本から変わるように、あの世だって変わらないわけがないのだ。
今、地獄と極楽の間の壁は昔より遥かに低くなり、かつては一部の者しか行き来できなかったのがかなり緩和されている。
さらに亡者と言えども元人間。人道的配慮というのが昨今あの世でも叫ばれており、その影響が各所で出ている。
地獄で刑罰を受け終えた罪人は、その後極楽へ行けることになり、さらに刑罰の期間も徐々に短くなっている。
加えて、地獄の規制も緩和の方向に向かい、昔は針の山地獄や血の池地獄など、決まったものしかなかったが、新しい地獄を自由に作り参入する機会が増えた。
そうなるといかに地獄と言えど、注目と人気を集めたところがより多くの収益を得ることとなる。極楽からの観光客をも意識した経営と運営が求められているのだ。
「右手に見えますのは、賽の河原でございます。あの塔のように見えるのは全て積まれた石なんですよ」
三途の川クルーズのガイドが示す先には何本もの石造りの塔が建ち、客は感嘆の声をもらしたり、熱心に写真を撮ったりしている。
かつては賽の河原と言えば、石を積み上げても鬼が来て崩してしまう所だったが、今では鬼による破壊は禁止されているので、賽の河原は石を使った思い思いの作品を作り展示する場になっている。ここで作られた作品はあの世のSNSでバズることも珍しくない。
地獄ですら時代の流れというものがある。これがこのまま続くのか、それともまた流れの変化が起きるのか、それは分からないが、今を楽しんでいる者たちがいるのは確かだ。