命の洗濯と呼ばれている。風呂や温泉に入ることは。
それだけ、温かい湯というのは人の心を解きほぐすのだ。
最高の裸の一瞬を。それをモットーに、どんな所へでも行き、そこに風呂を作ってしまうというサービスを始めた男がいた。
呼ばれれば馳せ参じ、その場での最良の材質を用いて風呂桶を造り、適切な湯加減と時には湯の色や香りにもこだわる徹底した風呂のプロ。
そんな彼は、災害時に被災地へ赴き無償で活動していたことも評価され、この度、新しい依頼が舞い込んできた。
そして今、彼がいるのは、
「急いで木を3本ほど切り倒せ!なるべくまっすぐなやつは風呂桶に使う。あとは薪にしてくべる。水は節約しろ!」
そこは鬱蒼とした密林の中。彼は今、戦場にいた。
とある部隊に随伴して共に戦場を歩いていた。
兵士たちが十分に戦うためには、士気が重要である。そして士気には休息が必要だ。
だから軍では食事が重要視されている。そこに加えて風呂という娯楽を与えればさらに士気が高まるのではないかという考えだった。
戦争と言っても、毎日戦闘があるわけではない。それでも、今いる密林で一日中、泥や湿気などと兵士たちは戦っている。
そんな兵士たちにとって、風呂は最高の娯楽であり贅沢であった。
どんな場所でも最高の風呂を提供することを使命としている彼にとって、そこが戦場であろうとやることは変わらない。
少ない物資、貴重な水を節約しながら、いかに最高の質を作り上げることができるのか。
今ここは、彼個人の戦場でもあった。
この後予定通り進めば、二日後には密林を抜ける。その先にあるのは木が一本も生えていないような岩山だという。
「だったら岩風呂だな」
岩山を抜けると今度は砂漠が立ちふさがるとのことだ。
「水は極力使えねえな。じゃあ砂風呂か」
正直彼はこの戦争に勝つか負けるかにはさほど興味はない。彼の目的はただ一つだ。
今後立ちふさがるであろう困難に、彼は一抹の不安を覚えながらも、同時にそれを乗り越えてやろうという気概が大きく湧くのだった。
全ては一時の安らぎのために。