世界は平和になった。
それは実に多くの人間の力が合わせられた結果と言えるだろう。
勇者と呼ばれる者は決して一人ではない。この戦いに立ち向かった全ての人間は等しく勇者なのかもしれない。
そして俺もそんな勇者の末席に名を連ねていると多少の自負はあった。
今俺が背負っている剣。こいつと共に過酷な戦いを乗り越えてきた。
戦いは終わった・・・
のだが、俺の旅はまだ続いている。
「なあ、まだ次の町には着かないのかい?」
「ええ、あと一時間も掛からないくらいで着くと思いますよ。すいませんねえ」
乗合馬車の御者が振り返って俺に詫びを入れてくる。
「そうか。ありがとう」
俺は返事を返すが、御者は一瞬不思議そうな顔をした。俺は特に何事も無かったかのように振る舞った。
御者が不思議がるのも無理はない。最初に聞こえた声と俺の声が違っていたのだから。
今この乗合馬車の乗客は俺だけだ。
本来ならば他の客の声などするわけがない。
だがここに人間以外の客ならいる。
「いちいち声出すんじゃねえよ」
俺は小声で話しかける。自分の背中に。
すると当然、
「ヒマなんだからしょうがねえだろうが」
と返ってきた。
「だったらもう少し小さな声で話してくれ」
まったくと俺はため息をつく。何度このやり取りをしただろうか。
今俺が話しているのは、自分の背負った剣。
こいつは意志を持っている。
最初からそうだったのか、それとも剣に後から意志が宿ったのか、こいつ自身ですら分からないらしいが、とにかくこいつは自分の意志で話し、自分の意志で判断をする。
そしてこいつは普通の剣とは違って絶大な力を持っている。
正直こいつがいたからこそ、先の大戦をくぐり抜けてこられたと言っても過言ではない。
だが、こいつと出会った時、俺に力を貸す代わりに一つの条件を出してきた。
「今度の町にはいい娘がいるといいなあ」
表情は無いくせにその声色からありありとにやけた顔が想像できる。
この剣が俺に課した条件とは、嫁探しだ。
剣にとっての嫁、それは自分が納まるべき鞘のことを指している。
つまり自分にぴったりの鞘を探してくれというのがこいつの願いだ。
なので今、こいつは鞘に納まっていない。かと言って抜き身の状態で歩くのは危険なので布でぐるぐる巻きにされている状態だ。
正直嫁探しは難航している。
なぜならこいつには意志があるからだ。
今までにこいつのサイズに合う鞘ならいくつも見つかった。しかし、意志があるこいつには当然好みもある。
「派手すぎる装飾の女は好かん」
「うーん、どうもフィーリングが合わん」
「騙された。外見がいいから納まってみたらとんだ地雷鞘だった・・・怖え」
とにかく文句が多い。今まで武器屋や道具屋で鞘を見つけては納まって、そして違うと言って次に行く。その繰り返しだ。
「この前見つけた娘はなかなか良かったんだが、フラれるとはなあ。上手くいかないもんだ」
剣と鞘の間でフラれるとかよく分からんが、いろいろあるらしい。
「なあ。もう自分の好みの鞘を一から作ったらどうだ?大戦の褒賞である程度懐はあったかいし」
「何を言うか。吾輩に産まれたばかりの赤んぼを嫁にしろと言うのか?吾輩はそんな変態ではない」
「そうか・・・」
「吾輩は、全てを包み込むような優しさと、それでいて芯の強さも併せ持つような、そしてもっとこう、いい具合に熟した鞘に納まりたいのだ」
「そうか・・・」
馬車が揺れる。こいつとの旅はまだまだ続きそうだ。もしかすると世界を平和にする戦いよりも困難な道のりかもしれない。