怪談、都市伝説、オカルト。真実か嘘かそれは正直どうでもいいことだ。それは器にすぎない。
人の期待と疑いと、そして畏れによって器に魂が入れられる。
昨日の嘘が今日の真実になることも珍しくない。
「いや~、終わったっすねえ」
昇る朝日を拝みながら、俺の右隣で伸びをする女が一人。
「お疲れさまでした。どうします?マックだったら普通に開いてると思いますけど」
俺の左隣ではにこやかに朝食に誘う女が一人。全く疲れを感じていないかのようだ。
「できることなら先に本部に帰ってきて報告書の提出を希望します」
そして通信機からは常に変わらない熱量で話してくる女が一人。
これが、法霊局特呪課第4室、その第4班のメンバーだ。
「え~、リサさんの言う通り先にご飯に行きたいっすよお」
「そうですよね~」
二人が通信機の向こうの女。正確には女性型独立人形だが、ササメに向かって文句を言う。
「あなたたち二人は任務から時間が経過するほどに報告が雑になることは過去のデータから分かりきっていることです。なので―――」
「ああ、分かった分かった。俺がちゃんとするから先に飯にしよう」
「ふぅー。やっぱリーダー分かってるぅ」
「でもな、お前は先に説教だ。なんだ今回のあのやり方は?かなりヤバかったぞ」
この最年少、17才でここに配属された女、ヒノカに俺は詰め寄った。
「いや、別に倒せたんだからいいじゃないっすか」
小柄な体のせいで、ほぼ背丈と変わらない刀を背負ったヒノカはふてくされて弁明する。
「俺たちの仕事は何か分かってるよな?」
「そ、それは分かってるっすけどお・・・」
法霊局特呪課は世に顕現する呪い(まじない)を管理する組織だ。
言葉に言霊と呼ばれる力が宿ると言われているように、人々の話に力が宿ることもある。
それは最初はちょっとした噂、ちょっとした作り話だったかもしれない。
しかし多くの人がそれを信じ、広め、さらに多くの人が信じる。それを繰り返していくうちに話は力を持ち、この世界に実体を持って現れる。
その力を持ったものが、人に取って害を成すかどうかを見極め、有害である場合は確保または殲滅等の処理をするのが俺たちの仕事だ。
「この前だってお前、善良な呪いを斬るところだったろ」
「前は前、今日は今日でしょ」
ヒノカは最年少であるにもかかわらず、強さは一級品だ。だがどうにも戦うという方向に暴走しがちだ。
「まあまあ、実際ヒノカちゃんが無茶しなかったら私たちが危なかったわけですし」
リサが俺とヒノカの間に入って仲裁する。これが俺たちのお決まりの構図になっていた。
「でしょでしょ。そうなんすよ」
「調子に乗るな」
だが、リサの言うことはその通りだった。今回の呪い。最初はSNS上での噂話だった。普段は鍵が掛かっているアカウントが午前2時23分に鍵が外れる。そしてその時に投稿された『招待状』にいいねをすると、夢の世界への入口が開くというものだ。
それが原因と思われる失踪が既に7件も起きていたため、俺たちに出動の指令が下った。
案の定、今回は「悪い方の」呪いだったわけで、殲滅して今朝日を眺めている。
「それにしても、やっぱりSNSが原因の案件は増える一方ですね」
リサの言葉に俺はうなずくしかない。呪いに力が宿るには多くの人間が必要になる。SNSはまさにそんな力を集める恰好の土壌になる。
「リーダーの子供の頃って携帯無かったんでしょ?どうだったんすか?」
「俺がガキの時は、確かに今ほど呪いの案件は多くなかったとは聞いたことがあるな」
「いや、そっちじゃなくて。携帯が無いのにどうやって生きてたんすか?そっちの方がアタシにとってはオカルトっすよ」
「ああ、そうか。そういうやつだよな。お前は」
とは言いつつ、そう言えば携帯なしでどんなふうに世の中が動いていたかあまり知らないなと思いつつ、
「とりあえず、飯にするか」
俺たちはまだ出勤するサラリーマンが少ない街の中に歩き始めた。