ローズの旅立ち

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一歩一歩ゆっくりとローズは僕に近付き、寝ている僕の身体に身を寄せてパタンと横たわった。


痩せてガリガリになってしまった身体に気をつけながら撫でてみる。


そーっと喉仏を触ると、微かにグルグルと喉を鳴らしている。


今は苦しんでない。僕は少し安心する。


撫でながら安心して、眠ってしまった。


深夜2時30分。ふと目を覚ますと横にいたローズがいない。


嫁も目を覚ました。


二人でローズを探した。


もう起き上がるのさえままならないはず。



いた。



ソファの裏にある、使っていない冬用のペット用ベッド。


あの身体の状態でここまで辿り着くのは、かなり困難だったはずだ。


最後の力を振り絞り、見えない場所にたどり着いた。その時を悟りローズは身を隠そうとしたのだ。


僕は「ローズ」と声をかけ身体に触れた。


明らかに不快な感じで「ニャー」と声を振り絞った。


見られたくなかった。見つけて欲しくなかったのだ。


余計なお世話と分かりつつ、つかえている足をベッドに入れてやった。




膿を出し切り食欲が復活して、「やれやれ」と思っていられたのは数日だけでした。


徐々に食べられなくなり、とうとう全く食べなくなってしまった。


このままでは死んでしまうと、何回も病院に連れて行き点滴をしました。


ローズは外界に出るのが恐ろしい。

ローズは箱入り娘で、家から出た事があるのは5年以上も前だったろうか…一度だけ病院にかかった時だけだ。


病院に行くまでの車中では、恐怖心からひっきりなしにニャーニャーと抵抗の声を振り絞る。


もうかなり弱っていて、自宅では鳴かなくなったのに、その時だけは恐怖の叫びだ。


残された体力を振り絞る叫び。


病院の診察台に登ると、悲鳴は更に酷くなる。


助手さんに押さえ付けられ、点滴をしてもらう。


助手さんも仕事とは言え、助けようとしているのに威嚇されたり噛もうとされたり…。


「そんなに怒らなくても…」
助手さんもつい本音で嘆いてしまう。


恐怖心から車で毎回失禁。診察台でも失禁。



点滴をしても全く食べないのは変わらなかった。少し体調が良くなったのか、トコトコ歩くくらい。


それも3日もすればグッタリしている。


当然だ。全く食べないんだから。


たまに水をピチョピチョ飲んでるだけ。


その水さえも次第に受け付けなく、少し飲むと何倍にもなってすぐ吐いた。


ローズはその時点で終わりを覚悟したようだ。もう水さえ飲もうとしない。



嫁と話し合った。また点滴に行くかだ。


点滴をすれば少し命は延びる。だが回復したわけではない。


ほんの2~3日すればまた点滴するしかない。


その度にローズは恐怖心で叫びまくる。気位が高いのに、プライドを踏みにじる失禁。


ほんの少し命を伸ばす為だけに、痛みと恐怖心をローズに課すのは、

僕らが離れたくないエゴじゃないか?



それをしたところで希望があるわけではなかった。


点滴をし「様子を見ましょう」としか先生も言えない。その繰り返し。


もう手術には耐えられない体力。


様子はもう何度も見た。良くなるどころか、ゆっくり悪くなる。


担当の先生はとても優しい方だ。「もう寿命」。


その一言が僕らの様子を見て言えなかったのだと、今では解る。



涙ながらに僕らは決めた。


もう病院に行くのはやめよう。


奇跡を期待しながらも覚悟を決めた。


ローズはとっくに決めていたのだと思う。


家族が大好きなローズは、家ではいたって穏やかで幸せそうだ。


命あるものが当たり前に来る「死」を、当たり前のように静かに待っている。


事故にあったわけではない。


ローズに与えられた寿命が来ただけ。


「何故そんなに慌てるの?何故点滴なんてするの?ただ寿命が来ただけじゃない」


横たわって僕らを見るローズは、そんな事を言いたげだ。


僕らの覚悟を感じ「やれやれ、やっと分かった?」と、ローズは苦笑しているようだ。


手を触れれば微かに喉をグルグル鳴らす。


「大丈夫。何も怖くないよ」ローズは慰めの言葉を僕らに囁き励ます。


「死」を恐れているのはローズではなく、「命」にしがみつく僕らだ。


悪戯に寿命を延ばす事はできない。



最期を見られたくない。

猫の習性を尊重し、ベッド裏でその時を待つローズを気にしながらも、

僕らはいつも通りに生活する事にした。



僕はいつも通り仕事部屋に。嫁は買い物に出かけた。


たまにベッド裏を覗くと、ローズは呼吸しながらも完全に意識はなくなった。


触れても全く反応しない。


ほんの僅かな奇跡を期待しながら、意識がない事にも安心する。


とにかく苦しい最期だけはさせたくない。

「ローズ」
声をかけ身体に触れて仕事に向かった。


1人目の御予約様終了したところで、仕事部屋がノックされた。


何の事だか分からないわけはない。

それでも「グッスリ寝たら起き上がったよ!」と言う言葉を微かに期待する。



窓を開けたら嫁の泣き顔。


「…ローズ行ったよ…」


僕は黙って頷いた。




セラの旅立ち と同じ、青く晴れ渡った空。


ローズは穏やかなセラが大好きだった。


2人とも静かで穏やか。寝ているセラの近くで、ローズもよく寝ていた。

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10歳の旅立ちは、完全に想定外の早さだった。


セラの旅立ちから1年も経ってないのに、家族が2人居なくなってしまった。


セラのとこに行きたかったのか?ローズ。




抱き上げると、クニャっと力を抜き、僕の胸にピッタリと顔をつけていたローズ。


亡くして分かる、あの時間が何にも代えられない幸せな時間だった。


あの甘く柔らかい時間はもうないんだと思うと、グッと寂しさは募る。


でも…限られた人生で、あの甘く柔らかい時間を味わえただけ幸せなんだと思う。


想い出は亡くならない。



火葬した夕方、小さくなったローズを車に乗せた。


嫁が「見て」と声をかける。


空を見ると、大きく羽を広げピンク色に染まった雲が、羽ばたくよう飛んでいるようだ。


ローズを迎えに来た天使だ。


ローズ。ありがとう。さよなら。セラを宜しくね。

娘の子守り本当にありがとうね。まだまだ先だけど、またね。

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ローズを保護してくれ出逢わせてくれた友人のY。
本当にありがとう!!!