東日本大震災があった時、私は仕事で茨城県の土浦市に居ました、ちょうど客先に向かう途中で、車で信号待ちをしているところでした。

たまたま、私が止まっていた場所の隣では、道路の道幅を広げる工事をしていて、沢山の重機を使い、忙しそうに工事をしているのをぼんやりと眺めていました。


そして、2011年3月11日 14時46分に東日本大震災が起こりました。


正直始めは地震と気がつかず、結構派手に工事やってんなぁー…と思っていました、しかし何やら様子が違う󾭛

ちょっと大分揺れるなぁー…
あれ?もしかして地震?
ってか、デカくねーか󾭛ってか、ヤバいかも(泣)


地震の揺れに比例して、私の心拍数もマックスに達していました、私の心の中の出川哲朗が、ヤバいよヤバいよと繰り返して叫んでいました。


とりあえず、ギアをパーキングにして、揺れが収まるのを待っていると、少し離れたビルの窓ガラスが割れ落ちるのが見え、信号が停電で消え、こりゃ本気でヤバい事になっていると感じ初めました。


揺れが収まり車で走り出すと、通り沿いのスーパーやお店、会社から人が外に避難していました、液状化現象で泥水が溜まっている場所もあり、やっぱりかなり大きな地震だったんだと、感じる事が出来ました。


地震発生から数分立ち、少し落ち着きを取り戻した私は、時間的は3時頃ですから、仕事中の私としてはどうしたものと考えました。


時間も早いし、会社に戻るには早すぎるって思うあたり、案外真面目だなって思います(笑)



取りあえずいつも仕事でお世話になってる、ドラッグストアが大変だろうと思い、何か手伝えることは無いかと向かって見ると、駐車場を閉鎖して入れなくしてあり、お店の中にも入れなくなっていました。


普通に入れない中、部外者の私がわざわざ行くのもアレかと思いがら、案外自分が思っているより事態は深刻何じゃないかと思い初め、4時からの仕事は取りやめにして、水戸にある事務所に戻ることにしました。






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はじめに、東日本大震災で被害にあわれたかたに、心よりお見舞い申し上げます。


未だに余震の恐怖に怯える日々ではありますが、おかげさまで私の住む茨城県の地域は、日常を取り戻しつつあります。

ライフラインが改善され、道がが改善され、生活が改善されるにつれて、地震の事も過去の事になり始めています。


しかし、これだけ大きな被害が出た災害を、ただ時間と共に忘れてしまって良いのでしょうか?


未だ不自由な生活を余儀なくされている方も沢山います、悲しみに暮れている方も沢山います。


私自身、今回の地震の体験を忘れてはならないので、久しぶりに思い出しながらではありますが、ブログに綴って行きたいと思っています。

しかしながら、私の性格を考えると、あまり真面目な内容にならない気がしますので、その点ご理解のある方のみ、以後アップする記事にお付き合い頂ければと思います。





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