スペインのクロマグロ畜養 | スペイン好きですか?

スペインのクロマグロ畜養

9月20日

 

 昨日アップしました「フランスに鰹節工場」についてコメントを頂きました。

 築地の卸し問屋の方に伺った話として、鰹節にするには脂の少ない方が良く、今の時期に水揚げされる戻りカツオは、鰹節には向かない、ということです。

 記事にもそのように書きましたので、フォローをして頂いた形ですが、生活の知恵といいますか、何事によらず、長年に亘って培った経験の上に、最適なものが生み出されていくのですね。

 

 美味しい魚を褒める言葉の中に、新鮮、脂が乗っている、というのがあり、誰もが納得しますが、鰹節にするカツオだけは、脂が乗っていない方が良いようです。

 

 唐突ですが、「戻りカツオ」と聞いて思い出したことがありますので、カツオ繋がりで、スペインのクロマグロ(本マグロ)の、畜養漁業について、ちょっと書いておきます。

 

 地中海は、クロマグロの世界的な漁場だということは良く知られていますが、毎年、4月から6月に掛け、北大西洋のクロマグロは、産卵のため暖かい地中海に群れを成してやってきます。

 産卵後、7月ー8月に、再び北大西洋に回遊していくのですが、この時、スペインや北アフリカ諸国の漁師さんが、ジブラルタル海峡に定置網を仕掛けて捕獲。このマグロの群れを「戻りマグロ」あるいは「帰りマグロ」と呼んでいます。

 産卵が終わったばかりのマグロは脂分が抜け落ち、身も、瘦せ細っていますので、そのままでは商売にはなりません。そこで、捕獲したマグロを、プールという大型の生簀に移し、3-5ヶ月、毎日、イワシやニシン、サバ、イカなどの餌を与えて育てます。これが畜養という漁法です。卵や稚魚から育てあげる養殖とはかなり違っています。

 

 地中海、ジブラルタル海峡で畜養に当たるのは、資本関係はともかく、スペインやその沿岸地域国の業者ですが、自国では殆ど消費せず、主たるターゲットは、クロマグロの世界最大の市場、日本です。

 畜養により、マグロは丸々と太り、平均で250㎏、大きなものは500㎏という超大型にもなります。脂も申し分なく乗ってきたころ、築地をはじめとする、日本国内の市場の需給関係を睨みながら、毎日、生簀から引き上げ、航空貨物で生のまま送られていきます。

 

 私も、日本人の友人が、ジブラルタル海峡に面した「バルバテ」という港町で、この畜養漁業に携わっていた関係で、何度も彼の元を訪ね、マグロを捕獲した定置網から生簀への移し変え作業、餌やり、生簀からの引き揚げ作業など、迫力満点の、様々なプロセスを体験、取材し、その模様を「週刊読売」のグラビア・ページに掲載したことがあります。(記事をIpadで接写した画像をつけましたので後刻ご覧下さい)

 

 

定置網に掛った本マグロ

 

 

 取材の中でも、記事にはしませんでしたが、人間的で面白いと思ったのは、定置網でスペインの業者が捕獲したマグロを生簀(プール)に移し変え(追い込み)をする時です。

 漁業権の関係で、日本人業者は直接捕獲することは出来ませんので、スペインの業者から買取り、生簀に入った時点でマグロの売買が成立する仕組みです。

 定置網に入っているマグロの数は、船上からは数えられませんので、生簀に入る際、日本人とスペイン人のダイバーが潜り、入る数をそれぞれに勘定します。

 定置網から生簀には、幅が5メートルほどの網の通路を作り、そこをマグロが1匹ずつ順に入っていくように仕掛け、両サイドに陣取ったダイバーがそれぞれ計数します。私が面白いというのは、その係数が両者によって違うことです。

 買う側の日本の業者は、生簀に入るマグロは1匹でも少なく、売り手のスペイン側は1匹でも多く、というのが人情(?)だからでしょう。

 また、生簀に入ったマグロの数もさることながら、その重さも値段決定の大きな要素になります。

 重量の方は、出荷時、生簀から水揚げする時の重さで測りますので、餌を与えて太らせる日本側には不利なようですが、そのことを見越し、買取時のキロ当たりの値段付けの際に考慮されますので、ある程度カバーは可能です。それなら、数の方も出荷時に確定すれば良いと思い勝ちですが、畜養中に死んでしまったり、逃げ出したりもしますので、思うようには行きません。売り手の漁師さんにしても、そんな先の手形よりも、今日のキャッシュという思いもあるでしょう。

 最悪のケースは、大時化や潮流、高波などで網ごと大西洋や地中海に流され、全滅することですが、大雨の後、川から流れ込む泥流でマグロが窒息し、殆どが死んでしまうという事故も少なくありません。

 

畜養で丸々太った本マグロ

 

 晴れて出荷までこぎつければ、キロ当たり500-600円ほどで買ったマグロが、年末の築地市場で、キロ38000円という高値が付いた時もありましたので、畜養の苦労を補って余りある大儲けも可能とはいえ、友人の会社は、私の知る限り、台風で生簀(約100mx100mの網)が、凡そ700匹のマグロと共に流されてしまい、億単位の被害を被ったこともあります。非常にリスクの高い仕事です。

 その後、スペインの新聞が、「ポルシェよりも高いマグロ」という記事を出してからは、スペインの業者も賢くなり、仕入れ値がかなり上がったと、友人はぼやいていました。

 

 スペイン人の魚の消費量は、人口比では日本に匹敵か、それ以上と言われるほど魚好きですが、一般的に魚は安く、クロマグロ(本マグロ)や鯛はそんなに高級魚ではありません。

 私のよく行く魚屋の店頭で目に付くのは、鮭、鱈、平目、銀むつ、鱒、カレイ、イワシ、カタクチイワシ、サバ、アジ、スズキ、黒鯛、イカ、タコなどで、新鮮な鱈や平目などは比較的高くなっています。

 日本料理店や専門料理店はともかく、一般のレストランでは、たまにカジキマグロのステーキはメニューに載っていますが、本マグロのメニューは本当に稀です。因みに、日本では本マグロを、その皮の色から黒マグロと呼びますが、スペインでは、その身の色から、赤マグロ(Atun Rojo)といいます。

 今日は、鰹節のコメントの話から、ちょっと飛躍してしまいましたが、畜養漁業のことを少しでもお分かり頂けたかと思います。