これは、闘病が、過酷になるにつれ、顕著に、なってきまして、
今、現在も、続いている、かなり深刻で、シビアな、問題です。
実際、知覚変容と、幻聴、妄想の、闘病が、過酷を、極めると、
金銭管理などは、かまって、いられません。
私の中では、それが、どうしようもない、現実です。
しかし、金銭の問題が、生活に、与える影響は、甚大で、
放置できないのです。
家計簿を、記入して、1円単位で、記録していましたが、
金銭管理が、安泰であった、私の人生は、闘病の前に、もろくも、滅びました。
なぜ、幻聴の、言葉に、乗せられて買ってしまうのか、悩んでいる間に、
また、幻聴の、口車に、物を、買わされてしまったりしていました。
知覚変容の、闘病の、後も、疲れから、菓子類や、飲料を、よく、購入していました。
そうして、数年から、十数年、経過していくうちに、金銭管理が、万全だったはずの、
私の、会計が、年を、追うごとに、狂ってきました。
闘病を、悪くは、言いたくないのですが、こういうことが、続くと、
闘病が、つらさの、感じ方が、より、経済的な面での、つらさに、
つまり、健康が、安定している時でも、金銭が、足りないということで、
影響が、安定期にも、続き、より、深刻さを、増すのです。
私の、闘病は、まだ、甘い方かも、しれません。
しかし、闘病による、経済的な、影響は、かなり、大きいです。
こういう、具合に、お金を、消費や、浪費してしまうと、
障害年金の、有りがたさや、貴重さも、色褪せてきます。
本当に、健康に、気を使わないと、とんでもないことになると、
ここ、3年くらい、強く思っています。
もしかしたら、病気や、障害は、薬で、抑えられたり、治癒や、予防が、
出来ても、100%避けることは、不可能なのかもしれないとも、思ってしまいます。
しかし、生きていることに、感謝して、人生を、歩みたいと、思います。