即決 | 西村 修 オフィシャルブログ Powered by Ameba

即決

昨日より、一週間ぶりの朝のラジオ体操復帰。ラジオ体操は6時20分から始まるのだが、かつて父が朝の4時台、5時台に犬の散歩で大塚公園を利用していたので、ラジオ体操会でも知人が多い。愛犬ポピーのファンも大勢いてくださった関係で、ラジオ体操会からも献花をはじめ多くの葬儀へのご参列者がいらっしゃってくださり、その御礼のご挨拶を体操前に皆様へ。区役所へいき、昨日の鎌田豊島岡会長と川上北町会長との3者会談による回答をもとめ、教育長と面会。青柳小学校は、避難者対応が1300人。にもかかわらず物資は200メートル近い坂の下にある音羽アカデミーのしかも地下倉庫に保管してある。学校の言い分は、備蓄倉庫がないから。そこで私が動いた。倉庫がないならどうすればいいか。倉庫を作るにも経費がかなり掛かる。経費を下さねばならないのならまた予算委員会を待たねばならない。だとするともうすでに24年度は始まっているから来年の3月の2年度分の予算に組み込まねばならない。しかしそこまで待てるわけもない。ならば経費をかけずに倉庫を確保する方法は、ただ一つ。校舎の空き教室を備蓄倉庫にする方法。文教委員会で空き教室の有効利用は散々提言したが、なかなか委員会では話が前に進まない部分がある。国政の委員会を見ていると、大臣にその分野に関しての全権がある。イエス、ノーがすべて処理も判断もできる権限がある。しかしながら区の部課長では国における大臣までのパワーがない。すべては区長判断。教育に関しては教育長判断。どうしてもこの二人以外は全権までの力はない。委員会を傍聴していただければわかるが、非常にくどいほどの言い訳がましい説明が区の役人がされて進行する。どうしたらできるかを議員が質問し、どうできないかの言い訳を部課長が説明していくのが委員会の大体の中身。はい、ではやりましょうとすぐに即決してくれなければ意味はない。即決できること、できないことはたしかにある。その点、土木の小野・遠藤課長軍団はちがう。すべて即決。公園課もはやい。それ以外は言い訳がましい。そこで青柳問題を考える。学校の校舎だから教育長判断となる。教育長ができるのかできないのかを公式で答弁させればよい。議事録に乗り、インターネットでもYESかNOかをいってもらう手段。YESなら町は大いに前進。NOとなれば町の区への不信は高まってしまう。それを言わせるのは私の一般質問でしかない。6月12日。まさに父が亡くなったその日に、私は教育長に尋ねた。青柳小の備蓄倉庫の不便性。校舎の有効利用されていない現状。昔は850名の生徒がいて、いまや334名。500名以上減ったにもかかわらず校舎の教室が足りないという意見が委員会で延べられる。そこで一般質問での教育長答弁は、前向きに検討しますと言ってくださった。結果は勝利に等しい。。前向きに検討するというのは、ありがちな答弁だがNOではない。YESに向けて審議するとうけとってよい。さっそく、昨日教育長へお伺いし、今後どのようにどの部署とその件について話し合えばいいかを。教育長は学務課に一任しているとの返答。さっそく、学務課の加藤課長。不在だったので午後に再び。その時、ちょうど学務課長と教育長が話し合っていた抜群にいいタイミングであった。教育長の前で学務課長に青柳備蓄問題を訴えたら、もうすでに学校と審議に入っているとのことだった。その意見を確認したうえですぐさま、防災課へ。防災課は、学務課のどの教室を使うかの判断待ちという。夏休み中にはと考えているとの回答。これで一件落着。豊島岡、坂下北、南、目白台2丁目の各町会の備蓄物資の倉庫問題。これで大幅に前進を確認できました。子供たちには不便になるであろうが、仕方ない。夏休みには一つの教室が備蓄倉庫になるのが決定。常時、水の備蓄、重たい調理レンジ台。もう希望の坂の下に置かなくてすみます。長々と話をしましたが、いってみたらこれが私の仕事。どうすればできるかを考え、できませんでしたを町の人々に伝えるのは仕事とは言えない。どう議員権限をおおいに利用し、どう進めるか。青柳問題が解消され、坂下通り入口の丸屋蕎麦屋さん横の、細い歩道内にある、入り乱れた電柱の移設工事も決定し、同じ歩道内にある街路樹も一本だけ伐採も決定。これから自然を守る会等の苦情が始まるだろうが、私が説明していく。何を優先するべきか、どう前進させるかを即判断させる。何を進めようが賛成、反対意見はある。常にこれからも素早い最善の判断をして、前に進めていきます。