全国都道府県を巡った旅の思い出を、時には思い出しながら県別に整理をしています。長野県の風景になります。


松本城城内入り口    長野県松本市丸の内    (2016年3月撮影)
昨日の続きです。松本城の城内の様子を載せていきます。

乾小天守(いぬいこてんしゅ)一階
年月を経た柱の手斧目(ちょうなめ)の跡を見て下さい。
乾小天守一階
乾小天守には角柱とともに丸太柱が使われています。
乾小天守一階梁
梁にも丸太が使われています。
乾小天守一階から二階への階段
乾小天守は三重四層の櫓になります。三階、四階は非公開になっていました。
乾小天守二階からの風景
雪をかぶった北アルプス山脈が見えます。
本丸跡
乾小天守二階にある矢狭間(やざま)より見える風景です。
渡り櫓二階
乾小天守と天守を結ぶ廊下になります。ちなみに渡り櫓一階は一番上の写真の松本城城内への入り口になっています。
渡り櫓二階
松本城天守は天守と乾小天守が渡櫓で連結し、辰巳附櫓(たつみつけやぐら)と月見櫓が複合しているので、 連結複合式天守と呼ばれているようです。
天守一階武者走り(むしゃばしり)
天守一階の周囲1間通りは、内側の床より50cm低い。これを入側または武者走りと呼ぶ。戦闘の時、武士が矢玉を持ってここを走りまわるのでその名がついたという。武者走りの外側の柱列をよくみると曲線を描いていることがわかる。これは下の天守台石垣の天端の線が糸まき状曲線に仕上げてあるためである。この影響は二階にも及 んでいる。    (説明板より)
石落
天守一階の四隅に壁から張り出して下方に開口(常は蓋をする)する構造を石落と呼ぶ。これは石垣をよじ登ってくる敵に対して石を落したり、弓や鉄砲をうって撃退する装置である。松本城では四隅のほか天守一階の中央や乾小天守渡櫓にも石落が設けられていて、他城に比べてその数が多い。    (説明板より)
天守二階への階段
近年だと、このように人のいない城内の写真を撮るのは難しいでしょうね。当時も混雑はしていましたが、ほんの短い瞬間に人通りが切れる時がありました。
天守二階鉄砲蔵
1988(昭和63)年に松本市出身の赤羽通重さん・か代子さん夫妻(共に故人)が寄贈した火縄銃と関連資料が展示してあります。
天守二階鉄砲蔵展示品
赤羽さんご夫婦の寄贈を機に「松本城鉄砲蔵赤羽コレクション会」が設立されて
天守二階鉄砲蔵展示品
鉄砲隊はその活動の一つとして1990(平成2年)に結成し「松本藩御家流砲術」の復元伝承に努めているようです。     次回につづく