全国都道府県を巡った旅の思い出を、時には思い出しながら県別に整理をしています。富山県の風景になります。


あいの風とやま鉄道線 富山県小矢部市安楽寺    (2017年5月撮影)
「あいの風」とは、日本海沿岸で春から夏にかけて沖から吹く北東の風のようです。

人形山 富山県小矢部市埴生    (2017年5月撮影)
下の写真の「源平倶利伽羅峠古戦場跡」に行く途中で見えた雪山が人形山になります。
火牛の計(かぎゅうのけい)
『源平盛衰記』にある源氏方の源(木曽)義仲が400~500頭の牛の角に松明(たいまつ)をつけて平家軍に突進させ谷底へ落としたという「火牛の計」のエピソードを元に作られた牛の像。
倶利伽羅(くりから)源平古戦場跡
1183(寿永2)年の源氏と平家が興亡の明暗を分けた、倶利伽羅源平合戦の舞台となったところです。
平家本陣跡(猿ケ馬場)
1183(寿永2)年5月11日、平家軍の総大将、平維盛(たいらのこれもり)は、倶利伽羅山中の猿ヶ馬場(さるがばば)に本陣を敷いて、7万余騎の軍勢とともに木曽義仲率いる源氏軍を待ち構えていたようです。
木曽義仲進軍の道
木曽義仲率いる源氏軍はここから来たようですね。
倶利伽羅権現石殿
旧北陸道にある倶利伽羅峠の国見山(277.1m)山頂に、加賀藩5代藩主前田綱紀(まえだつなのり)が寄進した4社の権現石殿が祀られている。背面に「延宝五年、四社建立、松平加賀守綱利公(後に綱紀と改名)、九月八日」と刻まれている。
倶利迦羅不動寺
この写真を拡大しないと見えないかも知れませんが、右側の枝の下に不動寺の五重塔があります。寺の屋根が所々に見えます。
源氏の嶺
富山県と石川県の県境に近い標高245mの源氏ヶ峰に築かれた「源氏ヶ嶺城」と言う山城が有った場所のようです。
小耳入 富山県小矢部市
倶利伽羅峠の古戦場跡を下りて来た時に、道に迷って出てきた所がここだったように記憶しています。ここは、倶利伽羅峠の戦いにおいて、越中武士の蟹谷次郎が、木曾義仲の家臣 根井小彌太を案内して、この地を通って進軍したと伝わっている場所。
葵塚
巴御前・葵御前は、義仲とともに戦った女武将で、葵は砺波(となみ)山合戦で討死し当地に葬られたと言われている。
巴塚
巴は、色白で美麗かつ騎馬乗り、弓矢打ちの達人で一人当千の武将でもあったといわれ、砺波山合戦では源軍7陣の1陣を任ぜられている。91歳で死ぬまで尼僧として主・親・子の菩提を弔ったという。臨終の際「私が死んだら砺波山にある葵塚と並べて墓をつくってください」と頼んで息を引き取ったといわれている。
矢立
源氏軍との戦いで、平家軍の矢が数多く刺さったことから矢立とつけられた地名。
埴生護国八幡宮
戦いに行く前に、木曽義仲が戦勝祈願した神社で、倶利伽羅峠の東側に位置し、1300年余りの歴史があるようです。
源(木曽)義仲像
昭和58年、源平倶利伽羅合戦800年祭の記念事業として、江湖の浄財により建立された日本一の大きさの源義仲(木曽義仲)像である。と八幡宮のホームページにありました。